人間 椅子 和嶋。 人間椅子・和嶋慎治のソロキャンプ。ときどき、メシ

人間椅子・和嶋慎治が学ぶ大人のテルミン講座〜摩訶不思議な世界へようこそ〜

人間 椅子 和嶋

来歴 [ ] オリジナルメンバーでありフロントマンでもある 和嶋慎治(ギター)と、 鈴木研一(ベース)を中心に人間椅子の来歴を列挙する。 中学時代(1970年代後半) [ ] 、和嶋は、鈴木はに入学した。 両者とも中学校時代から地元のロック鑑賞会を通して親交があった。 まだバンド結成にこそ至っていなかったが、鈴木が持ち寄っていたのレコードを和嶋が視聴したり、皆で楽器のセッションをするなど、すでに音楽的な交流の萌芽を見せていた。 当時、和嶋は、、、 、鈴木は、、などがコピーの中心だった。 高校時代(1980年代前半) [ ] 、両者ともに入学し、そこから音楽仲間として徐々に交流が深まってゆく。 すでに和嶋が宅録で作曲をしていたことを受け、鈴木は『デーモン』という曲を作る。 これが『』の原型となった。 (高校2年生)、和嶋は自室にてと遭遇したことにより、精神状態が変容する。 この超常現象による音楽性への影響も大きく、作曲の傾向も恋愛や青春から、厭世的で的なものに一変したという。 終末をテーマとした『』を作曲し、音楽仲間に聴かせたところ皆は気味悪がったが、鈴木だけは「今までの曲の中で一番好きだ」と評した。 いわば、人間椅子の世界観のひとつが確立された時期でもあり、後にこの曲は人間椅子としての楽曲となっている。 (高校3年生)、音楽仲間によって結成されたバンドに和嶋がギター、鈴木がベース担当として在籍する。 文化祭にて、和嶋らが作詞作曲したハードロック調のオリジナル曲を披露したことが、人間椅子としての音楽活動の黎明となった。 なおこの時のバンドは、両者にとっては不本意ながらものコピーがメインにも関わらず、名前が「 死ね死ね団」だった。 (高校卒業後)、両者とも浪人生となったが頻繁に文通でやりとりをしていた。 当時、鈴木はブラック・サバスに心酔しており、是非とも和嶋にも好きになって貰いたく、「ブラックサバス ベストセレクションVol. 1」と銘打ったカセットを手紙と共に送る。 そして和嶋が見事にサバスを気に入ったことで、鈴木の思惑は功を奏した。 和嶋いわく、サバスの重苦しいサウンドが、浪人中の悶々とした気分にぴったりとハマったのだとか。 二人は文通ながらも、大学に合格すればバンドを組むことを約束し合う。 大学時代(1980年代後半) [ ] 、和嶋は仏教学部、鈴木は外国語学部ロシア語学科へと入学する。 両者の交流は活発になり、共に死ね死ね団の残党としてバンド活動を再開させ、ブリティッシュ・ハードロックを中心としたコピーを行う。 (大学3年生)、オリジナルの作曲も始め、都内のライブハウスを拠点として活動を本格化させた。 この時に情報誌ので同名のバンドの存在を知り、すぐさま「 人間椅子」に改名する。 この時のドラマーが上館徳芳。 (大学4年生)、就職活動の時期となり、メンバーの間でもバンドは趣味で続けていくほかないという雰囲気が流れていた。 ある日、大学卒業が間近となっても就職先が見つかっていなかった和嶋がレコード店でのレコードを物色していた。 すると、就職活動帰りの鈴木と偶然出くわし、彼から「和嶋ァ、わ、やっぱり就職やめで、バンドやるごとにしたじゃあ」と言われ、本格的な音楽活動に誘われたという。 鈴木はに就職が内定していた にもかかわらず、それを蹴った。 両者とも、この時の出来事を「運命」と形容している。 、TBS系列で放送されていた深夜番組「」に出演し『』を演奏。 鈴木の奇抜な衣装の所以でバンドと見られていたが、それとは裏腹に非常に卓越した演奏技術と、圧倒的かつ独特な世界観を見せつけ、辛口の審査員たちからも番組史上数少ない〝青ランプ連発〟で絶賛され完奏した。 1990年代 [ ] バンドブームに乗じて日本で数少ない70年代基調のハードロックバンドとして認知されたが、ブーム終息後は浮き沈みを経験。 ドラマーの入れ替わりやインディーズでの活動を経ながらもバンドを存続。 、メルダックより『』でメジャー・デビュー。 、3rdアルバム『』の発売後、初代ドラマーの上館徳芳が脱退。 、4thアルバム『』を発売。 がサポート・メンバーとして参加。 、インディーズのレーベルであるフライハイトに移籍し、5thアルバム『』を発表、2代目ドラマーとなる土屋巌が加入。 、人間椅子のファンであり、漫画『』の原作者でもあるの依頼により、同名のイメージ・アルバム『』を発売。 当作のツアーを前に土屋巌が脱退。 3代目ドラマーとなる後藤マスヒロが正式メンバーとして加入。 7月、再びメルダックと契約しメジャーレーベルに復帰。 2000年代 [ ] 12月、渋谷O-Westでのライブを最後に、後藤マスヒロが脱退。 6月、4代目ドラマーとして ナカジマノブが加入。 には、新宿ロフトでの「猟奇大作戦〜赤い夕陽が校舎を染めて、お前の額に釘を打つ」にて、改名のきっかけとなったバンド「死ね死ね団」と初共演。 には活動20周年を記念して『』をリリース。 には通算20枚目のアルバム『』を発表した。 2010年代 [ ] ライブの動員の増加、CDのセールス向上などにより、それまでの低迷期から人気再燃の兆しが見えはじめ、ついに2013年のへの出演を契機として「絶頂期」と称されるブレイクを迎えることとなる。 2012年11月21日に発売されたの『』に収録された『黒い週末』にて、和嶋がギター演奏で参加。 ブラック・サバスのオマージュである当作に相応しい、を思わせるサウンドが演奏可能なギタリストとして和嶋の名が挙がり、のの紹介によって依頼が及んだ。 、敬愛してやまないの主催のオズフェスト2013に出演。 同年8月には『』を発表した。 6月、前作から1年と経たずして通算22枚目のアルバム『』を発表、同タイトルを冠した25周年記念ツアーを敢行した。 、筋肉少女帯とのコラボシングル『地獄のアロハ』を「筋肉少女帯人間椅子」名義でリリース。 、二度目のオズフェストに出演。 同年放送の・系テレビドラマ『』の劇伴を担当。 初めて映像作品の楽曲を提供する。 、に初出演。 2017年10月16日付けで、20thアルバム『』がオリコンチャート18位を記録し、バンド史上最高の順位となった。 スタートの連続ドラマ『』(原作:)の主題歌を担当。 初のドラマ主題歌のオファーということもあり、同名の新曲を書き下ろしたが、これまで文学作品のタイトル冠した楽曲を制作していた人間椅子にとっては、至って恒例のことといえる。 に21stアルバム「」をリリース。 これに先立ち、同年5月にでリード曲「無情のスキャット」のミュージックビデオを公開。 同年6月に再生回数100万回、8月に200万回を記録し、特に海外から賞賛のコメントが集まったことが注目された。 これが追い風となり、アルバムもオリコンで過去最高の記録となるウィークリー14位を獲得した。 メンバー [ ] 現在のメンバー [ ] オリジナルメンバーである和嶋と鈴木は、中学時代からの付き合いということもあり、一度も喧嘩をしたことがないというほど仲が良い。 ライブMCでも、双方による褒め合いや励まし合いが多いことで知られ、鈴木は和嶋以外とバンドを組むつもりはないという。 しかし一方、両者の親密な関係による会話の傍で、歴代のドラマーが置き去りになることも多かったらしい。 現在のドラマーであるナカジマは、そんな和嶋と鈴木の蜜月によって培われたグルーブに感銘を受け、人間椅子への加入を決めた。 (わじま しんじ) ・( -) 生まれ、出身。 愛称は「ワジー」、メンバーは「和嶋君」と呼んでいる。 オカルト雑誌『』を愛読している。 一時期菜食主義者であった が、体重・筋力の激減により頓挫したとのこと。 自作エフェクターを使用。 音源ではや、ライブではも演奏する。 メンバー中で最も作詞を手がけることが多く、またいくつかの楽曲やアルバムのタイトルを命名するなど、世界観における支柱を担っている。 そのためインタビューの際、鈴木からアルバムや楽曲のコンセプトの解説を譲られるなど、人間椅子の精神的なリーダーともいえる存在である。 ボーカルでは朴訥かつ実直なスタイルで、長い台詞や落語を語ることも。 (すずき けんいち) ・( -) 生まれ、出身。 愛称は「研ちゃん」、中学時代は「スズケン」と呼ばれていた。 パチンコ・鉄道・甘いもの・・虫が好き。 毎年ねぷたの時期には弘前に帰省するため、その時期には基本的に人間椅子の活動は入らない。 作曲数は和嶋とほぼ同数。 デビュー時にねずみ男のような衣装を着用していたことが、バンドの異端なヴィジュアルと王道なサウンドのギャップが注目されるきっかけとなったため、文字通りに人間椅子の顔とも呼べる存在である。 ボーカルでは、を効かせたダミ声で、不気味な笑い声や叫び声、うめき声なども担当している。 (なかじま のぶ) 第四期・( -) 生まれ、出身。 本名は中島慶信(なかじま よしのぶ)、愛称は「ノブ」あるいは「ノブさん」、「アニキ」、「ダムさん」。 高円寺で生まれ育つ。 ハンバーグや肉、ダムが好き。 シャイな歴代のドラマーと比較して、もっとも明朗かつ陽気な性格。 楽曲の各所でを鳴らす。 オリジナルメンバーではないとはいえ、ライブのブッキングやリハーサルのスケジュール管理を担当しており、人間椅子のマネージャーとも呼べる存在である。 タイトな練習スケジュールを組むことでも知られるが、加入後は人間椅子のライブ回数増加の担い手となった。 ボーカルでは、野太くエネルギッシュで、明朗なロックチューンを担当することが多い。 「他の二人にはない」(和嶋談)、「に似ている」(鈴木談)と評されている。 元メンバー [ ] 上館徳芳 (かみだて のりよし) 第一期ドラムス( - ) 生まれ、出身。 に影響を受けており、重いタイム感と抑制された手数で、鈴木のうねるベースラインと合致したコンビネーションを見せた。 バンド在籍中、作詞・作曲には関与しなかった。 (ごとう ますひろ) サポートドラムス( - )、第三期ドラムス( - ) 生まれ、出身。 本名は後藤升宏。 他の歴任者と比較して手数足数が非常に多く、人間椅子の持つプログレ的感触をたくみに引き出すのみならず、スローなナンバーにおいても不即不離のまま躍動感や細かなニュアンスを付加するなど、音楽性への貢献も大きかった。 脱退後、『』にサポート参加。 『』から『』まで正式メンバーとして参加し、いくつかのレパートリーの作曲やリードボーカルも取った。 その後引き継がれる「ドラムスが歌う」スタイルは『羅生門』収録の楽曲『』が嚆矢である。 現在は「金属恵比須」のドラマーとして活動中。 同時期になどで活躍した氏のとなる。 ,&プロスティテュート、、など実力派ミュージシャンと数々のを作成、セッションを行った。 独特の味わいが濃く、和太鼓のような溜めを効かせたプレイで参加作品に特に色濃かった「見世物」や「和」の要素を演出した。 『』『』の二作に参加。 『踊る一寸法師』収録曲の『三十歳』では作詞の一部およびリードボーカルの一部も担当している。 バンド名の由来 [ ] の短編小説『』に由来している。 和嶋・鈴木の愛読書であった。 ブラック・サバスの暗鬱なイメージを踏襲しつつ、あえてロックバンドの主流ともいえる外来語は避け、歌詞の世界観にふさわしい日本語、という条件の下選ばれた。 結成当初は、特撮番組の敵組織「」を由来とした「 死ね死ね団」というバンド名であったが、「大日本帝国初代新所沢愚連隊死ね死ね団」というバンドが存在していることを知り 、すぐさま「 人間椅子」へと改名する。 なお他のバンド名候補として、同じく江戸川乱歩の小説『二銭銅貨』『心理試験』『ペテン師と空気男』『鏡地獄』があった。 音楽性とコンセプト [ ] ・を基調としながらも、ドゥームメタルと類似する点を持った、それにのせたの歌詞や歌唱法といった独特の特徴がある。 鈴木・和嶋両人が熱心なファンだというを彷彿とさせるハードロックが基調である。 技術的には一音半下げのを多用したヘヴィかつ緻密なリフ、スリーピースのサウンドを埋めるように重くうねるベースライン、のハードロックバンドを想起させる起伏に富んだ楽曲展開、ハードロックよりも寄りのミッド〜スロー・テンポの多用などが特徴として挙げられる。 また、由来のの援用や和音階の絡めるなど、郷土の青森、ひいては日本の風土からの影響を色濃く受けている。 いわば、和魂洋才とも形容できる音楽性とバンドコンセプトである。 また、洋楽を踏襲した本格派の音楽性を意図しているがゆえに、日本の音楽シーンにおいてはその個性が色物のように扱われる結果となったことは、自他共に認めている点である。 奇正のギャップ、およびその兼ね合わせとバランスが特徴ともいえる。 しかし、近年はサブカルの台頭によって和風ロックバンドが増加し、人間椅子のコンセプトがそれに分類される、もしくは自称していることも多い。 5thアルバムから、楽曲とアートワークがすべてセルフプロデュースによって制作されるようになった。 作詞・作曲は主に和嶋と鈴木の二人が中心で、たびたび両者の合作も行われる。 和嶋はたゆまず音楽性を変化・進化させること、つまり流動性と進歩性を重視している一方、鈴木は「ヘヴィメタルは変わっちゃいけない」という不変性と保守性を重視している。 一見、相反する両者のスタンスだが、この違いが人間椅子の音楽性に好転的な化学反応をもたらしていることは両者も認めているところである。 作曲者以外がを担当することも多く、和嶋が作詞・作曲した楽曲『』や『』をナカジマノブが歌っている。 ちなみにドラムスがボーカルを担当するスタイルは、後藤マスヒロがサポート参加していた頃の『』に端を発している。 影響 [ ] 受けた影響 [ ] 影響を受けたハードロックでは、楽曲『』を和嶋のオリジナル歌詞に差し替えて『』としてカバーした、ライブで度々カヴァーを演奏しているやなどがある。 やの要素も大きな割合を占め、重鎮のような楽曲構成や独特の(和嶋が影響と公言)にくわえ、やなどをはじめとしたサイケの陶酔感やスペース・ロック的な意匠を用いることもある。 先逹のアプローチをオマージュとして取り上げることも多く、ブラック・サバスばりのオーヴァーダブされたギターソロやキング・クリムゾン的なアルペジオも曲中に登場する。 オールディーズなロックの様々な要素を独特の解釈でミックスしたものとなっており、いくつものアプローチを使い分け組み合わせてている。 鈴木は自身のルーツについて、「ベースはやっぱ(の)が大きくて、動きは(の)のつもりなんです。 自分としてはちょっと(の)も入ってるかなって。 」と語っている。 与えた影響 [ ] スタジオミュージシャンとして活動してきたは、中学3年生の時に鈴木のベースサウンドを聴いて衝撃を受け、その音が出したくてベースを始めたと述べている。 2014年からたびたび対バンを行なっているバンドでベース・ボーカルを担当するマーガレット廣井は、人間椅子の音楽性に影響を受けていることを公言している。 は、「人間椅子になりたい」という夢から結成されたプログレッシヴロックバンドであり 、2015年には、実際に人間椅子の元ドラマーである後藤マスヒロを正式に加入させた。 でベース・ボーカルを担当するは、日本的なロックの先達として人間椅子を挙げている。 歌詞 [ ] 大別して和嶋作か鈴木作かによるが、共通するのは津軽弁などによって醸しだされる土着性、グロテスクな表現、とぼけたユーモア、宇宙や地獄などの非日常的なテーマという点が挙げられる。 アルバムのタイトルにもなっているように「怪談・死・エロス」に関連した楽曲も多く、これらは和嶋と鈴木が幼いころより触れていたの絵と同様のテーマである。 世界観は総じて日本的だが、宗教、歴史、恐怖、などのな題材という点では、むしろ海外のハードロック・ヘヴィメタルのスタイルを踏襲しているといえる。 そのため極めて日本的なテーマを扱いながらも、ラブソングが主流の日本の音楽シーンにおいては、極めて特異な個性をもつバンドとして知られるというパラドックスが起きる結果となった。 音楽性やサウンドについては長期間活動しているバンドのなかでも稀有な一貫性を保っているが、和嶋も述べているように、2011年の、2013年のオズフェスト出演をきっかけとして、歌詞においては変化がみられるようになった。 それまでは退廃的かつ堕落的な題材を歌詞にすることによって、逆説的にを与えることを意図した楽曲が多かった。 しかし近年では、従来のダークな世界観はそのまま踏襲しつつ、歌詞を達観的かつ高踏的な切り口にシフトすることにより、聴く者が直接的に昇華と悟りを得られることを目指した楽曲が増加した。 また、上館とナカジマは作詞経験がないが、土屋は『』で歌詞の一部を、後藤は『』を担当した。 和嶋 文体は文学的なものが多く、そのほとんどが明治〜大正期を中心としたに傾倒したものである。 や、などに造詣が深い。 その趣味の主な対象、しかもタイトル・歌詞に取り上げられたことのある作家は、や、、、、、、果ては国外のや、など多岐に渡る。 わけてもに対する敬意には並々ならぬものがあり、人間椅子の多くの作品の題材となっている。 思想においては、大学時代に専攻していた仏教を骨子としながら、的なもの、的な美、自虐的な観念世界、土俗的なナンセンス、哲学・・・について取り扱っており、超俗的なものに限定すれば至って幅広い。 哲学的にはを否定しており、特に近年ではやなどの立場から語られることが多い。 その表現は概して古色蒼然な調で、一聴しただけでは理解しづらいようなや、難読な仏教用語も交えて知性と文学性の一翼を担っている。 なかでも多様されているのが「」「」「おためごかし」「たゆたう」などの一般的ではない語彙である。 和嶋の思想の根幹としてはもちろん、仏教は日本的な世界観を担保するための要素の一つだが、海外のハードロック・メタルバンドがキリスト教的な概念を主軸としていることへの対比にもなっている。 なかでも『』や『』はキリスト教と仏教の概念が融合された楽曲である。 鈴木 和嶋とは対照的に軽妙でストレートなものが多いが、妖怪や霊威などの超常的恐怖、蟲、病魔や汚穢といった不気味なモチーフ、さらに(直接性を問わず)淫靡な言葉などが加わって、柔らかくユーモラスなだけにとどまらない独特な言い回しとなっている。 特筆すべきは地獄をタイトルに冠した楽曲が多いことで、それらは「地獄シリーズ」と呼ばれている。 鈴木によれば「キリスト教のが解らないから、仏教の地獄を歌っている」のだとか。 その他には「一日一度は台に座らないと気がすまない」と公言するなどの趣味、ナンセンスなブラックジョーク(和嶋いわく「プラクティカル・ジョーク」)をテーマとすることも。 また和嶋とは対照的なのが、歌詞の切り口には変遷が見られないことである。 ヴィジュアル [ ] なかでも特筆すべきは、おおよそロックバンドらしからぬ奇をてらった衣装・メイクなどのヴィジュアルである。 現在はメンバー全員が和装で統一している。 デビュー以来、多様な衣装を着用して紆余曲折を経たが、現在まで共通しているのは非日常的な装束であることが多いという点である。 なおメンバー全員がステージ衣装の下にふんどしを着用している。 鈴木 デビュー時はのような衣装がトレードマークであったが、強烈な印象に反して着用していたのはごく短期間である。 ジェネシス時代のを意識しており 、使い古して灰色になった鈴木の布団の敷布で作ったのだとか。 1990年の『』発売した頃から顔を白塗りメイクにするが、それが現在までの彼の一貫したヴィジュアルとなった。 それ以降は、短髪から徐々に伸びていった長髪を振り乱すパフォーマンス、多様ながらも和服をメインとした衣装が定着していた。 しかし、2006年の『』のPVから坊主頭(スキンヘッド)になり、白塗りに加え法衣に身を包むという、怪僧のようなスタイルが通常となった。 法衣は、白衣の上にシースルーの黒い布袍を着用。 裸足もしくは草履、下着は白の褌を着用し、全身をの装いで揃えている。 また白塗りといっても単調なものではなく、頬や鼻筋は灰色、目元と唇は黒色という不健康さを醸し出した独特のメイクアップとなっている。 和嶋 デビュー時は作務衣や洋装など、様々なスタイルをとっていた。 2001年の『』のPVでは、ウンモ星人を意識した銀色の全身タイツで出演した。 2006年の『』のPVに着物で出演してからは和装が定着し、現在は浴衣に袴、丸眼鏡、草履といった明治・大正期のを思わせるスタイルで統一している。 着物は数種類あり、ライブ毎に異なっている。 和嶋工務店など、ほかのバンドやユニットでステージに立つ際は基本的にこの衣装を着ることはない。 1990年代中盤から現在までヒゲを蓄えている。 デビュー時から髪を伸ばし、しばらくはウェーブのかかった長髪が定着していたが、2000年の『』の頃から散切りの短髪となった。 2012年頃からは再び髪を伸ばし、長髪のオールバックを経て、現在は(ポニーテール)に至った。 これらの和服に白髭と長い白髪という風貌が、たびたび「仙人」と形容される所以となっている。 形態に変化はあるが、一貫して眼鏡を着用している。 また、インタビュー時などはライブやPVなどの表舞台とは異なる形態の眼鏡をかけていることが多い。 ライブでのアンコール時に必ず、イカ天出演時にも着用していた手作りのを衣装としている。 これは中学2年生の時に母親に縫って貰ったものである。 ナカジマ 加入時から鯉口シャツ(手ぬぐいを素材としたオーダーメイドが中心)に色眼鏡、リーゼントというもしくはのようなスタイルが基本である。 PVやアー写などによっては着流しの場合もある。 ライブパフォーマンス [ ] ライブでは、開場から開演までの間、メンバーが選曲した他のバンドの曲などが流れる。 開演時には自作のSE(2011年頃までは和嶋が10代の頃に作ったSE、2018年頃までは『此岸御詠歌』というオリジナル曲(『』収録)、2019年からは「新青年まえがき」(『』収録))が流され、舞台下手からメンバーが登場する。 現在のライブでの使用楽器は、和嶋はギブソンおよびのSGが中心。 自作のエフェクターを多用する。 友人に作成してもらったオリジナルの琵琶ギター、楽曲によってはを使用することも。 鈴木はB. リッチ イーグルを使用しており、デビュー当時使用していたリッケンバッカーは、2010年頃一時使用していたがその後見かけなくなった。 MCは基本的に、和嶋と鈴木がチューニングをしながら会話し、そこに時折ナカジマが加わるスタイルで行われる。 会話の流れやふと弾いたリフから、彼らの愛好するハードロック等のカヴァーになだれ込むこともたまにある。 MCの内容は、鈴木による「こんばんは人間椅子です」の言葉に始まり、雨の中(または平日に)来場したファンへの気遣いの言葉(主に鈴木による)、和嶋と鈴木の褒め合い、弘前ねぷた事情、和嶋のオカルト体験談、鈴木の体重についての話、ナカジマの趣味であるダム巡り等、多岐に渡る。 ナカジマはMCで「イエーイ! 」を連発、大きな声を活かしてマイク無しでMCを行ったり、半裸で演奏を行うなどのステージングをこなす。 ちなみに、バスドラのフロントに書かれた絵や文字はナカジマ自身の手によるもの。 鈴木は1回のライブ中に数回ピック(黒のオムスビ形で、人間椅子ロゴと鬼火が描かれているものなどを使用)を客席に投げるが、和嶋(グレコのオムスビ形、白地に黒字で人間椅子のロゴ入り)は基本的に投げず、アンコール後退場する際に、近くにいるファンにそっと手渡されることが多い。 ナカジマもまれにドラムスティックを客席に投げ入れることがある。 アンコールでは、メンバーがツアーTシャツを着て現れることが多い。 頭に人間椅子手ぬぐいを巻いていることも。 特筆すべきは鈴木の演出だが、その模様はライブDVD『』にも収録されている。 メンバー同士で楽器パートの交換をして演奏することもある。 ライブの物販では、Tシャツの他、手ぬぐい、お札、CD(購入するとサイン色紙がもらえることも)などが販売されている。 バンド活動 [ ] ファーストアルバムの発売後はバンドブームが衰退の一途を辿り、人間椅子のセールスも低迷しはじめていたため、レコード会社からはボーカルを加入させることや売れ線の曲を作ることを提案されたが、和嶋と鈴木はそれを拒否した。 、4thアルバムの『』の発売後は、メルダックとの契約が切れてインディーズレーベルに移籍し、それと同時に和嶋と鈴木はバンドとアルバイト生活を両立させる決意をする。 和嶋は弁当のバイク配達、パソコンの回収と納品、ライブハウスの手伝い、流通センターでの肉体労働などを経て、までの16年間アルバイトをしていた。 鈴木に至っては、郵便局の配達員としてまでの23年間アルバイト生活を続けていた。 バンドとアルバイトの二重生活を強いられてはいたが、人間椅子は一度たりとも活動を休止したことはなかった。 それに加え毎年のようにアルバムも制作していることから、ただ長期に渡って活動しているという点だけではなく、商業性を否定してでも独自の音楽性を追求し続けたことが、バンドの大きな特徴であるともいえる。 また、に至ってセールスやライブ動員の向上し、に発売された20thアルバム『』がオリコンチャート18位にランクインというバンド史上最高の順位となり、バンド生活が25周年を越えてから「絶頂期」と称されていることも含め、人間椅子の特殊性が音楽性のみならず、その活動自体にあることも評価対象の一つとなっている。 エピソード [ ]• これは審査員側、バンド側の双方にとって大変迷惑なことであったという。 ちなみにチャレンジャーにはが選ばれている。 バンド名の候補にもなった江戸川乱歩の小説『ペテン師と空気男』は、ベストアルバムの題名となった。 当アルバムのライナーノーツにおいて和嶋は、鈴木を「ペテン師」、自らを「空気男」であると位置づけている。 当時、に出演したが、テレフォンショッキングのコーナーで、最近のお気に入りバンド、として人間椅子を紹介し、1stアルバムのCDをにプレゼントした。 仏教的な曲が多いことから、人間椅子のファンは「」(だんか:寺に属し、寺を支援する家)と呼ばれている。 和嶋はライブのMCではたびたび心霊、UFO、陰謀論をはじめとしたオカルトにまつわる体験談や思想を披露するが、和嶋の話に熱が入り始めたところで鈴木が根本的なツッコミを入れて笑いを誘うのが定番となっている。 作品 [ ] アルバム [ ] オリジナルアルバム [ ] 発売日 タイトル 読み ギター ベース ドラムス 備考 にんげんいす 和嶋慎治 鈴木研一 上館徳芳 インディーズ盤。 圏外 1st にんげんしっかく CD版以外にカセットテープ版がある。 31位 2nd さくらのもりのまんかいのした 57位 3rd おうごんのよあけ 4th らしょうもん 後藤マスヒロ 5th おどるいっすんぼうし 土屋巌 フライハイトより発売。 6th むげんのじゅうにん ポニーキャニオンより発売。 7th たいはいげいじゅつてん 後藤マスヒロ 8th にじゅっせいきそうそうきょく 9th かいじんにじゅうめんそう 10th みしらぬせかい 11th しゅらばやし 140位 12th さんあくどうちゅうひざくりげ ナカジマノブ 206位 13th ふーちーくー 244位 14th まなつのよるのゆめ 178位 15th みらいろまんは 96位 16th しがんらいさん ベスト盤を含めて通算20枚目。 全収録曲の英訳詞をブックレットに掲載。 ライブアルバム [ ] 発売日 タイトル ギター ベース ドラムス 備考 1st 和嶋慎治 鈴木研一 ナカジマノブ 2nd 参加アルバム [ ] 発売日 タイトル・収録曲 アーティスト 備考 IKA-NIGHT TEN-NIGHT LIVE AT MZA 4. 人間失格 オムニバス 「」のアルバム。 Meldac ROCK FAIR '90-'91 りんごの泪 針の山 オムニバス メルダック所属アーティストの販促CD。 MiYOU 9. 遺言 10. 天国なんか(Album version) 11. ロンリネス(Live) みうらじゅんがプロデュース。 9: 和嶋がギターを演奏。 10:和嶋と鈴木がコーラスを担当。 11:和嶋が「シーモンキーズ」としてギターを演奏。 戀~いとしい、いとしいと言う心 11. 天国に結ぶ恋 オムニバス 演奏は『』収録のものと同様。 もうがまんできない 9. メシ喰うな 10. 屋根の上の猫 3:大合唱に参加。 9:編曲・演奏を担当。 10:後藤マスヒロがドラムを担当。 (大槻ケンヂのソロプロジェクト) 「」としての楽曲。 作曲・編曲・演奏。 りんごの泪 オムニバス イカ天のアルバム。 青春ノイローゼ 1974-1999 1. 微熱が続いた夜 12. アイデン&ティティ 18. カリフォルニアの青いバカ 1:『』収録と同バージョン。 5:和嶋がギターを演奏。 12:作曲・編曲・演奏。 15:和嶋がギターを演奏。 18:和嶋がギターを演奏。 オムニバス 「&人間椅子」としてのカバー曲が 収録。 シングル [ ] 発売日 タイトル・収録曲 形態 初収録アルバム 備考 1st 夜叉ヶ池 夜叉ヶ池 人面瘡 8cmCD 2nd 幸福のねじ 幸福のねじ 平成朝ぼらけ 8cmCD 3rd もっと光を! もっと光を! なまけ者の人生[シングルバージョン] 大予言[ボーナストラック] もっと光を![カラオケ] 8cmCD 4th 刀と鞘 刀と鞘 桜下音頭 桜下音頭[カラオケ] 8cmCD - 泥の雨~ニンジャスレイヤーVer. 泥の雨~ニンジャスレイヤーVer. デジタル配信 アニメ『』20話エンディング曲。 初のアニメタイアップ。 5th 泥の雨 泥の雨 配信限定 7th 針の山 針の山 りんごの泪 アナログ7inch リマスター音源使用。 非売品のプロモーションシングル(カセット)も付録。 ビデオシングル [ ] 発売日 タイトル・収録曲 形態 備考 - VHS 「 with 人間椅子」としてのコラボシングル。 劇伴 [ ] テレビドラマ [ ]• ( - 放送) - 書き下ろしのBGMのみならず、既存の楽曲の新録およびアレンジが使用されることも (例:『陰獣』『相剋の家』『どっとはらい』『新調きゅらきゅら節』『宇宙からの色』『菊花の数え唄』など)。 また第2話から最終話まで、劇中に人間椅子のヴィジュアルをそのまま模した3人の妖怪が登場している(和嶋似の妖怪役:白畑真逸、鈴木似の妖怪役:、ナカジマ似の妖怪役:)。 未発表曲 [ ] 主に高校時代。 後に青森県ローカルのテレビ番組「人間椅子倶楽部」にて披露された。 御伽姫 - 和嶋作曲。 鈴木をして「進む道を誤ったかもしれない」と言わしめた佳曲で、フォーク調のラブソング。 デーモン - 鈴木作曲。 倫理教師だった友人の父の蔵書から歌詞を引用。 後の『』と『』のリフに発展したという。 赤い月 - 和嶋作曲。 現在の人間椅子の楽曲の片鱗を覗かせる楽曲。 現在でも和嶋が所有している作曲ノートに記録されている。 その他には『わたしのややこ』『Big Fat Mama』『造反有理』『夏の墓場』『猿面冠者』『反剋の使徒』『薬の唄』『Dr. Crippen』『(仮)男はつらいよ』『充血』『包帯の女』『マッチ売りの少女』『青森640のテーマ』『追跡と脱走のサンバ』『メンバー紹介唄』『セピア色の思い出』『夢女』『14歳』『僕はチキン』『美・美・美・美・美・美・美・美佐子』『死ね死ね団のテーマ』『ワイルド娘』『君忘れじの田舎館村』『阿Q正伝』など。 天国に結ぶ恋 2. あやかしの鼓 4. 神経症 I LOVE YOU 5. ヘヴィ・メタルの逆襲 7. VHS 5: のカバー。 7: のカバー。 怪人二十面相 怪人二十面相[PV] PVメイキング映像 アルバム『怪人二十面相』15秒CM アルバム『怪人二十面相』30秒CM VHS 見知らぬ世界 プロモーションビデオ 見知らぬ世界 幽霊列車 LIVE映像(青森県田舎館村ライブ「青森ロック大臣」、) 1. 幸福のねじ 2. りんごの泪 3. 怪人二十面相 4. 亜麻色のスカーフ 5. 屋根裏のねぷた祭り 6. 村の外れでビッグバン 7. どだればち 8. 莫迦酔狂ひ 9. 地獄 10. 天国に結ぶ恋 2. あやかしの鼓 4. 神経症 I LOVE YOU 5. ヘヴィ・メタルの逆襲 7. 7: のカバー。 見知らぬ世界 プロモーションビデオ 見知らぬ世界 幽霊列車 LIVE映像(青森県田舎館村ライブ「青森ロック大臣」、) 1. 幸福のねじ 2. りんごの泪 3. 怪人二十面相 4. 亜麻色のスカーフ 5. 屋根裏のねぷた祭り 6. 村の外れでビッグバン 7. どだればち 8. 莫迦酔狂ひ 9. 地獄 10. 地獄風景 おまけ 都会の童話 東洋の魔女[PV] 洗礼[PV] DVD 苦しみも喜びも夢なればこそ「現世は夢~バンド生活二十五年~」渋谷公会堂公演 LIVE映像(、) 1. 宇宙からの色 2. 地獄への招待状 3. 新調きゅらきゅきゅ節 4. ねぷたのもんどり 5. 神経症I love you 6. 桜の森の満開の下 7. 今昔聖 8. 洗礼 9. 悪徳の栄え 10. 冥土喫茶 11. 深淵 12. 蜘蛛の糸 13. 地獄の料理人 14. 迷信 15. 針の山 16. 陰獣 17. 見知らぬ世界 18. りんごの泪(1990年) 2. 夜叉ヶ池(1991年) 3. ギリギリ・ハイウェイ(1995年) 4. ダイナマイト(1995年) 5. 幽霊列車(1999年) 6. 怪人二十面相(2000年) 7. 見知らぬ世界(2001年) 8. 東洋の魔女(2003年) 9. 洗礼(2004年) 10. 品川心中(2006年) 11. 浪漫派宣言(2009年) 12. なまはげ(2014年) 13. 宇宙からの色(2014年) 14. 恐怖の大王(2016年) 15. 虚無の声(2017年) 16. 2 「参鶏湯」の回にメンバー全員が登場 DVD 書籍 [ ] 発売日 タイトル 出版 備考 イカ天年鑑(平成元年編) 「」の年鑑。 人間椅子はカラーで1ページ掲載されている。 バンド・スコア 人間椅子「人間失格」 現在では廃盤。 軽薄ピエロ の著作。 ZEP的ハードロック不完全論」にインタビューが15ページ掲載されている。 月喰ウ蟲 の著作。 表題作には鈴木が出演、巻末には和嶋による解説が掲載されている。 グレイト余生 の著作。 各所に人間椅子についての記述がある。 ブリティッシュ・ハード・ロック シンコーミュージック 和嶋と鈴木によるディスクレビューが掲載されている。 みうらじゅん全一巻 みうらじゅんの著作。 各所に人間椅子についての記述がある。 バンド・スコア 人間椅子傑作譜面集 シンコーミュージック 初期から近年までの全11曲の楽譜が掲載されている。 初級六弦教典〜ロック・ギター道場2014〜 シンコーミュージック 和嶋が弾き方を伝授する特集があり、写真入りで解説。 付録DVDとも連動している。 和嶋慎治 自作エフェクターの書「歪」 シンコーミュージック 和嶋の自作エフェクターの解説。 プリント基板が付録されている。 屈折くん シンコーミュージック 和嶋による初の書き下ろし自伝。 人間椅子の歴史も述べられている。 3月8日 神戸 Chicken George 3月10日 大阪 梅田 AKASO 3月12日 名古屋 Electric Lady Land 3月14日 山梨 甲府 KAZOO HALL 3月17日 札幌 CUBE GARDEN 3月19日 青森 Quarter 3月22日 千葉 LOOK 3月25日 赤坂 BLITZ - 異次元からの咆哮~リリース記念ワンマンツアー~ 6月22日金沢GOLD CREEK 6月24日長野JUNK BOX 6月26日いわきclub SONIC iwaki 6月28日青森Quarter 6月30日仙台 CLUB JUNK BOX 7月3日札幌 PENNY LANE 24 7月8日名古屋 Electric Lady Land 7月10日大阪 umeda TRAD 7月12日高松 OLIVE HALL 7月14日神戸 CHICKEN GEORGE 7月16日博多 DRUM Be-1 7月18日 沖縄 桜坂Central 7月22日渋谷 TSUTAYA O-EAST 金沢、長野、仙台は振替公演 参加イベント [ ]• 5月12日 - Ozzfest Japan 2013 9月14日 - 青森県野外フェス「夏の魔物」 11月3日 - LIVE DVD 発売記念ツアー「四半世紀中」• 9月5日 - 鬱フェス 2015 9月7日 - MERRY 対バンツアー「Grateful Year 2015『NOnsenSe MARkeT 2F』」 10月31日 - HEADBANG HELL ON EARTH Vol. 1 11月22日 - Ozzfest Japan 2015• 3月25日 - ギターサンダーボルト「忍」 8月6日 - ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2016 8月13日 - RISING SUN ROCK FESTIVAL 2016 in EZO 9月16日 - 夏の魔物現象2016 12月4日 - 「馬場の音フェス」~狂宴乱舞~• 4月29日 - ARABAKI ROCK FEST. 4月27日 - ARABAKI ROCK FEST. 19 6月16日 - やついフェス2019 8月10日 - ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2019 8月22日 - 十二代目梅雨将軍2man series「天下の将軍」 9月22日 - 霞ヶ浦KOHANロック2019 9月24日 - LEO今井自主企画ツーマン「大都会ツアー」東京公演 10月9日 - ハードコアチョコレートフェスー殺戮の20周年ー 11月3日 - メトロノーム FEST. 1月13日 - バックドロップシンデレラ「トントン拍子でウンザウンザを踊るツアー」 6月20日 - やついフェス2020 9月6日 - 「夏の魔物2020 in OSAKA 大阪・味園ユニバース」 タイアップ [ ] 楽曲 タイアップ先 芋虫 18禁アドベンチャーゲーム「」エンディング(2001年3月30日発売) 泥の雨~ニンジャスレイヤーVer. アニメ「」20話エンディング曲 命売ります 連続ドラマ「」主題歌(放送開始予定) 出演 [ ] テレビ番組 [ ]• 第1期 人間椅子倶楽部( - 、毎週日曜24:30 - 25:00、) 東京のスタジオに青森のスタッフを呼んで収録していたが、和嶋の一時的な弘前帰郷にしたがって、第71回からライブハウス「亀HOUSE」(現在は閉鎖)にてメンバーを引き連れての収録となった。 和嶋、鈴木、土屋、後藤がレギュラー出演。 独特のスローペースなゆるさが特徴。 内容は主にメンバーによるフリートーク(視聴者からの葉書が読まれることもあった)やロケなど。 第100回まで放送。 第2期 人間椅子倶楽部( - 、毎週日曜24:30 - 25:00、) 弘前のライブハウス「MAG-NET」にて収録。 和嶋、鈴木、後藤がレギュラー出演。 前半のフリートークに加え、後半はスタジオでのカヴァー楽曲の演奏という構成となった。 第1期、第2期ともに番組提供は「宮園耳鼻科クリニック(弘前市内の耳鼻科。 院長はライブハウス「亀HOUSE」のオーナーだった)」、「ふくし耳鼻科(青森市の耳鼻科)」だった。 伝説音舗〜うれる堂〜(2000年7月23日 )• (2018年3月19日 )• (2018年4月13日 )• (2018年10月22日、26日 ) - 番組内コーナー「サウンドファイターズ」に鈴木が出演、対戦相手は。 以後、和嶋vsのKANAMIなど複数回出演。 (2019年5月27日 - 5月31日 )• (2020年1月12日、) - 和嶋がゲスト出演。 ネット番組 [ ]• 帰ってきた人間椅子倶楽部( - 、) 人間椅子倶楽部の復活版。 2017年現在で、Vol. 06まで放送されている。 和嶋、鈴木、ナカジマがレギュラー出演。 テレビ放送時代と同じく、前半はメンバーのフリートーク、後半は即興演奏という構成のみならず、従来のゆるさと和やかさも健在。 ラジオ番組 [ ]• M 2 HOUSE(2月、、)• 青森ロック大臣(10月 - 2001年、、)• 人間椅子の遺言状放送(3月、)• 人間椅子劇場(11月 - 1月、) 映画 [ ]• (2003年12月20日公開) - みうらじゅん原作の漫画の映画化。 主人公は和嶋がモデル、主人公のバンドは人間椅子がモチーフとなっている。 オープニングにコメンテーターとして和嶋が登場し、鈴木、後藤の姿も出演している。 WEB連載 [ ]• - 和嶋によるコラム。 Webロックマガジンにて2009年10月15日より2014年12月5日まで連載。 - 和嶋によるコラム・ブックレビュー。 書評サイトにて2015年7月23日より連載。 - 鈴木によるコラム。 BARKSにて2016年4月7日より連載。 - ナカジマによるコラム。 音楽系エンタメサイト「」にて2016年2月4日より連載。 雑誌 [ ]• - ナカジマによる「エンジーかけこみ寺っ!! 」連載あり。 VOL. 22、VOL. 62ではメンバー全員が表紙に登場した。 脚注 [ ]• - ナタリー ナターシャ ・2014年3月20日閲覧。 Qetic・2017年10月23日閲覧• , p. 43,48,49,54. , p. 89,90. , p. , p. , p. 97,98. , p. 109,110. 2015年5月6日閲覧。 和嶋自身による『ペテン師と空気男』ライナーより• 2000年10月29日 青森県 田舎館村役場文化会館で行われた「青森ロック大臣」放送開始記念ライヴのMCにて• この番組では、審査員たちは出場したバンドに対し、手元にある赤ランプを点灯することで演奏を中断させることができ、また逆に青ランプを点灯して演奏を続行させることもできた。 - Real Sound|リアルサウンド・2017年10月23日閲覧• - 音楽ナタリー 特集・インタビュー・2017年10月23日閲覧• ももクロ侍・2017年10月22日閲覧。 音楽ナタリー 2015年8月28日. 2015年8月28日閲覧。 ORICON NEWS・2017年12月21日更新。 billboard Japan・2019年6月26日• Rock is・2019年8月25日• Web Rock Magazine BEEAST・2017年11月22日閲覧。 , p. 139. 関西テレビ『』緊急討論 超常現象あるのかないのか!? SP - 2015年5月8日放送。 共演していた大槻ケンヂが「和嶋さんがね、もうすごい菜食主義者なんですよ」と発言し、それに対し和嶋本人が「僕ベジタリアンです」と答えた。 シンコーミュージック発行「」内の「和嶋慎治の野営一人旅」の第4回での記載(2015年)• , p. 108,109. , p. 109. - CDJournal CDJ PUSH・2017年10月28日閲覧。 土屋恵介 2014年8月20日. 2018年9月8日閲覧。 関口佳代 2017年8月2日. 2018年9月8日閲覧。 - インタビュー Rooftop・2017年11月1日更新• SPICE - エンタメ特化型情報メディア スパイス・2017年11月13日閲覧。 - Real Sound|リアルサウンド・2017年11月12日閲覧。 - 音楽ナタリー・2017年10月28日閲覧• ロケットニュース24・2017年10月29日閲覧。 TOCANA・2019年6月11日閲覧。 - エキサイトニュース・2017年10月29日閲覧。 SPICE - エンタメ特化型情報メディア スパイス・2017年10月30日閲覧。 , p. , p. 138,139. , p. 142. - トレンドニュース・2017年10月29日閲覧。 ロケットニュース24・2017年10月29日閲覧。 - 日刊オレラ・2017年10月29日閲覧。 2019年12月18日閲覧。 2019年12月18日閲覧。 ロケットニュース24• ORICON NEWS. 2020年1月30日閲覧。 テレビ東京・BSテレ東 7ch 公式. 2020年1月30日閲覧。 テレビ東京・BSテレ東 7ch 公式. 2020年1月30日閲覧。 音楽ナタリー 2018年10月16日. 2020年3月15日閲覧。 音楽ナタリー 2019年1月17日. 2020年3月15日閲覧。 音楽ナタリー 2019年2月15日. 2020年3月15日閲覧。 音楽ナタリー 2019年11月25日. 2020年3月15日閲覧。 音楽ナタリー 2019年12月3日. 2020年3月15日閲覧。 テレビ神奈川. 2020年2月20日閲覧。 音楽ナタリー 2020年1月2日. 2020年1月12日閲覧。 - エキサイトニュース• , p. 222,223. 参考文献 [ ]• 和嶋慎治『屈折くん』シンコーミュージック・エンタテイメント、2017年2月9日。 関連項目 [ ] が多すぎます。 関連の深い項目だけに絞ってください。 必要ならばとして独立させることも検討してください。 ( 2020年1月)• - 所属レーベル。 - 人間椅子はこの番組からデビューした。 - 鈴木・和嶋両人はグレコ製の楽器を使用している。 - プライベートでも和嶋との親交が深く、楽曲でのコラボを果たしているほか、和嶋の自伝等での対談も行なっている。 人間椅子として毎年恒例の「みうらじゅん賞」を受賞したこともある。 - 特に親交の深いバンドで、江戸川乱歩とキングクリムゾンに影響されたという共通点をもつ。 大槻・内田両名が人間椅子のライブに参加するなど、たびたび楽曲でのコラボを披露している。 テレビ番組「人間椅子倶楽部」に、大槻、内田、がゲスト出演したことがある。 にはバンドとして初のコラボを果たし、シングル『』をリリースした。 - 筋肉少女帯のボーカル。 人間椅子とみうらじゅんの共作である。 バンドや楽曲におけるコラボについては、『』『』『』を参照。 鈴木から「和嶋と大槻くんは似ている」と言われるように、文学・オカルト・仏教好き、神経質になりがち、物事を誇張して捉えがちという共通点があるとか。 - 筋肉少女帯のベース。 に放送されたの番組にて、「大槻ケンヂ+人間椅子01」のギター・コーラスとして『』を演奏した。 また、楽曲『』において曲中の台詞を担当している。 - みうら、人間椅子、大槻のコラボによる企画バンド。 1992年に日本テレビで放送された番組にて結成され、和嶋と鈴木の作曲による『君は千手観音』を披露した。 - アルバム『MiYOU』などに参加。 和嶋とみうらじゅんとともに「シーモンキーズ」としての活動も行っていた。 - 親交が深い漫画家で、稀にマンガに人間椅子が登場する。 和嶋をモデルとした主人公が登場する短編も。 - アルバム『照魔鏡』に鈴木がベースで参加。 - のインタビューによれば、ファン層がかぶっているとのこと。 和嶋がたびたびギター演奏やサウンドトラックの楽曲提供などを行なっている。 じろう - 人間椅子のファンであり同郷。 保育園から高校まで和嶋と同じだったという縁から、たびたび対談を行っている。 - 人間椅子のファン。 鈴木と同じく外国語学部ロシア語学科の出身。 和嶋が『』に収録された楽曲『冥界通信~慕情編~』を提供した。

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【インタビュー】ロックバンド「人間椅子」和嶋慎治の自伝『屈折くん』重版決定! 再ブレイクを果たした真相を激白

人間 椅子 和嶋

人間椅子の3人が自身の愛車とともに登場だーッ! 3ピースバンド人間椅子が10月4日に20枚目のオリジナルアルバム『異次元からの咆哮』をリリース。 バラエティ豊かな楽曲陣が並ぶ同アルバムの中で、『耳マン』が注目したのは『地獄のヘビーライダー』。 地獄のバイクで悪者を踏み潰し天罰を食らわす……といった歌詞の内容が印象的で、疾走感&重厚感たっぷりのサウンドが迫力満点な楽曲です。 ここでしか見られないド渋いお写真と一緒に、ぜひお楽しみください! ——今回は『地獄からの咆哮』収録曲の『地獄のヘビーライダー』にちなんで、みなさんに愛車で集合していただきました。 さっそくそれぞれの愛車のご紹介をいただけますか? ノブさんからお願いします! ナカジマノブ(以下、ナカジマ):俺のはヤマハのTODAYっていう50ccのスクーターです! 和嶋慎治(以下、和嶋):ホンダのTODAYですよ(笑)! ナカジマ:あ、間違えたっ。 ヤマハじゃない、ホンダだ(笑)! 3年前くらいに中古で買いました。 和嶋:その前に乗ってたスズキのスクーターは速かったんだよね。 ナカジマ:レッツIIね! まだスピード制限が付いてなくて。 和嶋:(食い気味に)2スト(2ストロークエンジン)だったから、あれは速かったよ! ナカジマ:そうなんだよねぇ。 でも、俺スピードが出せると出しちゃうタチだから(笑)、出せないバイクのほうが……。 鈴木研一(以下、鈴木):安全面では良いのかもしれないよねぇ(笑)。 ——TODAYとの出会いは? ナカジマ:それがすっごい単純で、レッツIIに10年以上乗ってたんだけど、壊れて動かなくなっちゃって。 俺、スクーターは足代わりというかほぼ毎日実用的に使ってるんで、ないと困るんですよ。 それで新しいものを探してたら、自宅の近くのバイク屋さんの店頭に値段が付いてないTODAYが置いてあったの。 もしかしてこれ売ってるのかな?って思って店員さんに聞いたら、6万5,000円で売ってるって言われて。 激安じゃない? ——安いですねぇ。 ナカジマ:だけど「4万5,000円にならないですか?」って言ったら、その値段で売ってもらえたの(笑)! ——値切れたんですね(笑)! このバイクのどんなところがお気に入りですか? ナカジマ:やっぱり便利なところですね。 ちょっとヘルメットをかぶればすぐにどこにでも行けちゃうから。 あと、俺はスクーターの足元に楽器を置いて移動することが多いんだけど、TODAYは足元がフラットになってるから荷物が置きやすいですね。 スネアやペダルを積んで、衣装の入ったリュックなどの荷物を両肩に背負って、まるで軽トラックのように走るっていうのが俺のスタイルです! ——和嶋さんのバイクはいつから乗っているものなんですか? 和嶋:このバイクを買ったのは2016年の10月頃ですかねぇ。 その前までは、今ノブが言ってたみたいに、楽器を運ぶために荷物をガンガン積めるホンダのベンリィ110っていうスクーターに4年ほど乗っていたんです。 非常に便利でした。 その頃は鈴木くんも原付に乗っていて、練習のときはメンバー全員が原付に乗ってきてねぇ、おもしろかったんですよ。 鈴木:うんうん、そうだったねぇ。 和嶋:僕は学生の頃から40歳手前くらいまでミッション(マニュアル)車にずーっと乗ってたんです。 だけど、ちょっと貧乏になったりバイクを盗まれたりして、10年くらいミッション車から離れてたんですよ。 それで、去年自伝(2017年1月に発売した『屈折くん』)の取材をしていたときに、学生の頃の感覚を思い出すためにミッション車に乗りたいなぁと思って。 昔は馬力のあるヤマハのTZR250っていうレーサーレプリカ(ロードスポーツバイクの1ジャンル)に乗ってたんですけど、今度は手軽に扱える125ccのものを買おうと思って……すみません、僕バイク愛語ると長いんです(笑)! ——(笑)いくらでも語ってください! 和嶋:今のバイクってデザインがちょっと近代的になりすぎちゃって、すごいカウルとか付いてるし尖ってるんですよ。 僕は丸い感じの昔ながらのバイクが欲しくて、でも古いバイクはプレミアが付いて高価だったり修理代がかかるから、割と手頃な価格で昔っぽいデザインで排気量が少なくて……っていうものを探していたら、理想にピッタリなバイクに出会ったんです。 それが今日乗ってきた、スズキのライセンスで中国で作られているGN125Hです。 新車で買いました! ——おぉー。 赤い色にもこだわりがあるんですか? 和嶋:絶対赤い色にしたかったですね。 こういう鮮やかな赤い色は、今のバイクには珍しいので。 僕がよく使っているギターのギブソンSGもそうですけど、赤が好きみたいですね。 心がワクワクする色なんです! あの、あともうひとつバイクについて言うと、今のバイクは排ガス規制がかかっちゃって音も小さいし、キャブレターもなくなって、代わりにインジェクションっていう電子制御の装置が付いてるの。 でも、僕はキャブレターが付いているバイクに乗りたくてこれを買ったんです。 ガソリン臭いんですよ! 鈴木:……もう(話が)伝わってないですよ。 ナカジマ:俺にも伝わってないからね(笑)。 和嶋:(がっくりとしながら)あぁ〜。 伝わってないですか!? ちょっと環境に悪いんだけど、アクセルがリニアで排気量相応の馬力が出るバイクが欲しくて、これを買いました! ——鈴木さんは2017年2月に普通二輪免許(AT限定)の免許を取得されたそうですね。 その前からバイクには乗っていたんですか? 鈴木:僕は20年くらいずっとスズキのバーディー50に乗っていました。 和嶋:あった、あった! ナカジマ:あれ、そうだったんだ!? あっはっは! 鈴木:それから1回代替わりして、それでも20年ずっとカブ系に乗り続けてたんだけど、あまりにもスピード違反で切符を切られるもんだから嫌になっちゃって。 それで今年の2月にまず免許を取りまして、ずーっと欲しかったヤマハのマグザムというバイクをめでたく買ったわけですけど。 一時期はビッグスクーターの中で1番小さいようなホンダのPCXを買おうかとも思ってたんだけど、試験に1回落ちたりしてすんごい苦労して免許を取ったから、ちんまりしたものじゃなくやっぱり大きいものを買おうと思って。 和嶋くんに、「いやぁ〜どっちを買おうか迷ってる」って世間話をしたら、「やっぱり初期衝動が大事だ」って。 和嶋:僕はPCX推しですよ! あれ速いんですよ。 とは言え、欲しいものを買うべきだって言ったんだよね。 鈴木:それもそうだなぁと思って、1番最初に欲しいと思ってたマグザムを買いました。 和嶋くんはさっき「最近のバイクは形が尖ってる」って言ってたけど、僕は尖ってるバイクに乗りたかったんです。 ベースでもそうだけど、僕はカドがないと嫌なんですねぇ。 いやぁでも、2月に免許を取ってまだ半年くらいしか乗ってないので、新人ライダーですよ。 ——『異次元からの咆哮』では、そんな鈴木さんの作詞作曲による、バイクがモチーフの楽曲『地獄のヘビーライダー』という楽曲が収録されています。 イントロでは和嶋さんのギターでバイクの音が表現されていたり、曲中では実際のバイクのエンジン音も入っていますね。 鈴木くんのマグザムはビッグスクーターだけど、楽曲的にはミッション車のイメージがあったので、自分のバイクのエンジン音をスタジオの行き帰りにICレコーダーで録音したんです。 ナカジマ:バイクにガムテープでICレコーダーをくっ付けてね! 和嶋:そう、工夫してね。 それで意味もなくエンジンを空ぶかししたり無駄にシフトダウンしたりしながら(笑)スタジオに通って録音したんですけど、いざ録音してみた音を聴いてみたら少し迫力に欠けたんですよ。 だからそれは曲中に使おうってことで。 何かもっとおもしろい音を出せないかなぁと思案して、ギターでバイクの音を出そうと思いつきました。 オクターブ下の音が出るファズをかけてスライドギターで弾いてみたら、エンジンの回転が澱みなく上がっていく感じが出せて。 即興で思い付いたアイデアだったんですけど、それを入れたらバッチリになりましたね。 鈴木:録音したバイクの音とギターの音を比べたら断然後者のほうが良かったんです。 ——アルバム1曲目の『虚無の声』はYouTubeでMVも公開されています。 MVにはプロジェクションマッピングが取り入れられていますね。 実体がない儚いものだからこそ芸術っていうものは美しくみえるのかなぁ、と思ったりすることがあって、そういう想いも歌詞にしました。 その楽曲を映像化するときに、プロジェクションマッピングや3Dなど最新鋭の映像技術が得意な監督と出会ったんですね。 我々の思惑と監督のセンスが合致して、楽曲の世界観が上手く表現されているんじゃないかと思います。 ——3人が演奏している姿のバックに、炎と一緒に3人の顔が浮かび上がるシーンも印象的でした。 和嶋:あれは昼間に撮影した映像をその場で編集して、午後の演奏シーンの撮影でバックに流したんですよ。 すごいですよねぇ。 鈴木:(ハッとした表情で)あぁ、あの映像、あそこで使ったのか! ナカジマ:顔だけを撮った映像だよね? 鈴木:俺、あの顔だけの映像すごい良い画だと思ったんだけど、どこに使われてるのか気になってて。 バックに映してたんだ! 今やっとわかった! ナカジマ:ふふ(笑)! 演奏シーンでは演奏に集中したのもあってバックに映ってる映像が目に入らなかったよね。 出来上がったMVを観て初めて「あぁ、こうなってるんだ!」って驚きました。 ——10月31日からは『異次元からの咆哮』のリリースを記念した全国ツアーが始まります。 同アルバムでノブさんがボーカルを担当している唯一の楽曲『悪夢の添乗員』も披露される予定ですか? ナカジマ:もちろん! 俺はもう、全箇所その1曲にすべてを懸けます(笑)。 和嶋:コーラス部分があるから、今までより客席のみんなが歌ってくれるんじゃないかなぁ。 鈴木:そしたら歌詞を間違えられないねぇ(笑)。 ナカジマ:あはは! 間違ったらみんなにすごい指摘されるだろうね(笑)。 その言葉から何かワールドを広げられたらいいなぁと思って、普段めったにMCを考えない俺が、考えてみようかな……とかちょっと思ってる(笑)。 鈴木:「俺の車に乗ってくれー!」みたいな? ナカジマ:「俺と旅行に行こうぜー!」みたいな(笑)。 鈴木:「出発進行!」が良いんじゃない? ナカジマ:バスの添乗員さんね(笑)。 白い手袋をはめて演奏しようかな? 鈴木:それだとサトケン(ベーシストの佐藤研二)になっちゃうねぇ。 ナカジマ:あ、そうか。 マネになっちゃうね(笑)。 あっ! バスの運転手さんの帽子をかぶろうか? 和嶋:あぁ、それもありですねぇ。 ナカジマ:俺のおじいちゃん国鉄職員だったから、おじいちゃんの遺品がある! 鈴木:いや、そんな大事なものをライブで使わないほうが……。 和嶋:でも、おじいちゃん喜ぶんじゃないかなぁ。 たくさんのお客さんの前で、人を楽しませるためにかぶるんだったらさぁ。 ナカジマ:そうかなぁ(笑)。 いろんなイメージが広がる、とっても楽しみな1曲です! ——11月19日のツアーファイナルは初のZepp Diver City公演となりますが、意気込みをお願いします! 和嶋:ツアーはどの箇所でも全力でやるわけですけど、最終日の頃には良い具合に新曲の魅せ方や演奏もできあがった状態で、ベストパフォーマンスをお見せできると思うんですよ。 そこで、『異次元からの咆哮』というアルバムタイトルですし、みんなを別世界へ連れて行って、一緒に盛り上がりたいと思っています! 鈴木:Zeppは……プロジェクターとか使えるのかなぁ? ナカジマ:ステージの後ろに平面のスクリーンはあるみたいだけど。 ライブでもプロジェクションマッピングをやる!? 和嶋:『虚無の声』も良いですし、アルバムジャケットを投影しても良さそうですよねぇ。 良い絵だから。 鈴木:……広い会場ということでスクリーンを使いたくなってしまいましたが、使うとは断言できないですよねぇ。 和嶋&ナカジマ:(笑)! ナカジマ:まぁ、何かあるかも? 和嶋:良いですね、「何かが起こるかも!」って言っておくと、お客さんも期待してくれるんじゃないかな(笑)。 そんな含みも持たせつつ、一生懸命がんばります!.

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和嶋 慎治 / 人間椅子

人間 椅子 和嶋

デビュー25周年・バンド生活25年を迎え、その記念すべき年にニューアルバム「無頼豊饒」をリリースする「人間椅子」。 和嶋:あぁそうだ、6月9日だ。 ーおぉ! 和嶋:「これはカッコイイ」って思って。 当時は自分でナンバー選択が出来ない時代だから、その偶然も含めて良かったですね。 ーいきなり素敵なエピソードをありがとうございます!では、和嶋さんとロックとの出会いからお伺いさせて頂きたいです。 当時、テレビとかで流れてくる歌謡曲を聴いて「音楽ってこういうものか」って思っていたんですけど 笑 その頃5歳年上の姉貴が思春期で、俺は小学生なんです。 「いきなり最後のアルバムかよ」って話ですけどね 笑 それを聴いて「これは良い」って衝撃を受けたんです。 ー小学生って早いタイミングですね。 バンドというか、日本の音楽より洋楽が良いと思ったんだね。 少し話を遡ると、自分で最初に買ったレコードはディスコだったんだけどね。 小学校4年生くらいのときに流行ってた、「ソウルドラキュラ」って曲が最初に買ったレコード。 ユーミンはすごく高度でしたけど、循環コードというか割りと決まったコードの中でやっている感じが、歌謡曲にしろ、当時の音楽ではあって。 もちろん、みんな少なからず影響を受けていたんだろうけど、当時の僕の耳には聴いたことのない音楽に感じましたね。 曲が完成されていると思ったし。 和嶋:それからお小遣いを貯めて買うようになりました。 期待して買った「LET IT BE」は「演奏ガチャガチャしてる」って思ったりね 笑 順番が後期から買っていっちゃったもんで。 中期とか聴くと「あ、すごく良いな」と思いましたね。 「Rubber Soul」「Revolver」辺り。 だから日本の音楽を買わなかったね。 ここで「すごい、また全然違う」と思ってハードロックが良いと思ったね。 和嶋:そう、中学校1年生かな。 「BURN」とかも聴いて、バンドがカッコイイと思ったね。 ーギターというよりはバンド? 和嶋:そうなんです。 その流れで自分でもハードロックのレコードを買い始めて、中学校入ると多少ロックの話ができる友達ができる中で「Led Zeppelin IV」を買ったんですよね。 また当時、サウンドストリートっていうNHKの番組があって、渋谷陽一さんがとにかく「Zeppelinはすごい」って言うもんだからさ。 確かにZeppelinは、明らかにほかと違うんですけどね。 それまでのハードロック形式を壊してる感じがしたんだよね。 ー例えば曲の展開や音色の使い方ですか? 和嶋:そうそう。 リズムとかも異常な感じがして。 Jimmy Pageのギターを聴いてエレキ・ギター弾こうと思いました。 ーあ、ということは楽器自体に触れられたのは中学校のときになるんですか? 和嶋:その辺がね、前後するんだけど…楽器を弾きたいと思ったのは小学生の頃で、また姉貴なんですけどお下がりのガット・ギターを弾いてたんです。 ーお姉さんもギターを弾かれてたんですね。 和嶋:姉貴はユーミンとかのニューミュージックが好きだからフォーク・ギターが弾きたかったんですよ。 でも親に買ってもらったのが何故かガット・ギターで 笑 「私が欲しいのはこんなんじゃない」って弾かなくて。 じゃあ弾かないんだったらって僕が弾くようになって。 確か、ガットにフォークの弦を張ったりしたのかな。 それでなんとなく弾いてたけど、そんなに練習はしてなかったね。 ー耳コピに近いこと? 和嶋:そうそう。 「なんか違うな」と思いながら「Day Tripper」弾いてみたりして。 ーそうだったんですね! 和嶋:ちょっと変わってますけど 笑 それでベースで「Smoke on the Water」とかコピーしてた。 コードとか覚えずに、とにかく弾いてみたくて。 ー 笑 そこでの「Black Dog」やJimmy Pageは和嶋さんにとって余程の衝撃だったんですね。 和嶋:やっぱエレキだなって思いました。 それで友達のお兄さんが何本か持っていたので、レスポールのコピーモデルを1本譲ってもらったんですよ。 ー当時、特に印象に残っている曲を教えて欲しいです。 和嶋:やっぱ「天国への階段」に感動したんで、まずこれを弾きたいなって。 雑誌に載ってる「天国への階段」のコピー譜を見つけて、3ヶ月位掛かってコピーしましたね。 それが良かったよ。 アルペジオにギターソロも覚えたし、取り敢えずコードも覚えられたからね。 和嶋:そうかもしれないですね、「Led Zeppelin IV」はそうかも。 ーそのコピーをされている中で、音楽的な広がりはあったのでしょうか? 和嶋:それがね、エレキがある程度弾けるようになったんだけど、中学生なのでそんなにレコード買えずに、友達と貸し借りしてたんです。 その頃にパンク・ロックとか出てきたんだけど全然良いと思わなかったんだよね。 パンク聴いて「ロック終わった」って思ったもん。 ーそれは演奏というより、ファッションや歌詞などのメッセージ性が全面に出ているものに心が動かなかったと? 和嶋:全然コピーしたいと思わなかった。 子供のときの印象だから、今正直に言って良いと思うけど、本当に良いと思わなかった。 そういうの聴いてた中でパンクが出てきたから、ロック終わったと思うよね。 そしたら、パンクの音楽は「ロックは死んだ」って 笑 「パンクが言ってることと、俺の感想が同じだった」って思った。 1日8時間とか練習してたしね。 夏休みとかも、ずっと練習で晩御飯食べてからギター弾いて気がついたら夜が明けてたっていう 笑 ー 笑 1番練習されたタイミング? 和嶋:そうだね。 で、人と合わせたくなるんだけどクラスメイトに弾けるヤツいなかったんで、よそのクラスで「ベース・ギター持ってるヤツいる」って聞くとなんとか友達になって。 全然初対面なのに「ちょっと合わせようよ」って家に押しかけたりして。 僕の情熱が強過ぎたせいか、そのあと一緒に演ってくれないという 笑 次に「合わせよう」って言っても、中々「うん」とは言ってくれなかったですね。 それで自分の中学校だと限界を感じまして。 やっぱりね、ハードロックを知ってる人がそんないなかったんだよ。 ーフォーク以降のニューミュージックですよね。 和嶋:ニューミュージックの、さらにフォーク的なモノが流行ってたときだね。 みんなギターを買ったとしても、そっちばっかりコピーするからエレキやる人いなくて。 そういう限界を感じてる中、小学校の共通の友人を通じて、隣の中学校で「ロック鑑賞会」をやってるというのを聞いて。 それは週末になると、誰かの家に集まってロックを聴くっていう集まりなんですけど「あ、俺行く行く」って言って。 で、その中に鈴木くんがいて知り合いになるんです。 ー出会いはここだったんですね。 和嶋:そうそう。 そこでエレキも弾いて、そこ行くと楽器弾ける友達もいたので何となく音合わせたりしたときでしたね。 その中では「バンド組もう」とかはならず、聴く仲間って感じでしたね。 結局、高校受験とかもあったし、バンドまで行き着かなかったですね。 で、高校に入ると鈴木くんが同じ高校の隣のクラスにいたわけ。 あ、エピソードを思い出した。 ーそんな人いない 笑 和嶋:嬉しかったですよ 笑 高校入ったら、いろんな中学から来た人たちがいるからロック好きな人も俄然増えるわけですよ。 そこでようやく同じ学年の仲間でバンドを組みましたね。 まず最初に入ったのは、同じクラスのヤツを通じて他所の高校の人たちとの合体バンド。 ーあれ 笑 でも和嶋さんギターですよね? 和嶋:自分の知らないジャンルに興味もあったし、とにかく音が出したかったんです 笑 ただ、ベースがいないって言われて俺はベースだったんです。 そのグループの中で、僭越ながらおそらく俺が1番ギターがうまかったんですけど、ベース弾くヤツがいないって言うんで。 僕は割りと親切なんですよ 笑 ー親切というか優しさですよね 笑 とはいえバンドとして続けていくんですか? 和嶋:半年くらいで脱退しました 笑 やっぱ「自分がやりたいのとは違うな」って思って。 でも人前で演奏も出来ましたし、楽しかったですよ。 ーもしかして、それって初ステージですよね? 和嶋:あ、そういう意味では初ステージだ。 ライブハウスっていうより貸し切れる小さいハコがあって、そこでお客さんにチケット売ってやりましたね。 「Yes-No」とか「さよなら」とか演ってた 笑 今にして思えば緊張はしなかったですね。 やっぱカバーバンドって緊張しないんだね。 ー知ってる曲だという安心感もあるかもしれないですね。 和嶋:そうだね。 そのバンドは半年でしたけど、楽曲の仕組みとか覚えられましたし、勉強になりましたよ。 それを辞めてからは掛け持ちで色々組みましたね。 とにかくギターを弾こうと思いましたね。 ーギターは弾くのになぜハードロックは演らなかったんですか? 和嶋:ハードロックが主流じゃなかったからです。 ティーンエイジャーですからウケたいわけで、流行ってる曲を演るんですよね 笑 でも良かったですよ。 同じ高校の人と組んだバンドで、ライブハウスとか出れましたしね。 ーなるほど。 最初、ロックがカッコイイと思ったからリフで作ったよ 笑 曲とは言えないけどね。 それでコードを知らない限界を感じて。 で、コードをボチボチ覚える中で、中学3年の終わり頃に始めて作った曲は「女なんて」って曲なんです 笑 「人間なんて」みたいですけど、僕が振られたんだね 笑 その持って行き場のない気持ちをね、曲にしてみたんですね。 ー男の女々しさ満載ですね 笑 和嶋:詞もすぐ出来ましたよ 笑 「なんだ、女性なんて…ひどいよ、言ってることと違うじゃない」って素朴な歌詞です 笑 で、高校生になって質屋からフォーク・ギターを買ってきて、バンドとは別にオリジナル曲を作り始めたんです。 ーしかもエレキではなく、フォークなのが意外ですね。 和嶋:曲を量産したのはフォーク・ギターですね。 そうだ、曲作ったね…自分の日記を書く感じなんだよね。 人前で歌う機会があるわけでもなく、思春期の頃に作る人はみんなそうみたいだけど、ノートに詩と曲を4、50曲くらい。 学校から帰ってきたら、その印象のままに作るっていうのを高校1・2年はよくやってましたね。 ー単純に楽しかったんでしょうね。 和嶋:楽しかった。 例えば人を好きになると、その人の名前ですぐ曲が作れるし 笑 隣の高校に曲作り仲間がバンドとは別でいて曲の発表会をしたりしたね。 割りとテンションの音を使うのは俺で、マイナーコードで5度・6度みたいな進行をすると絶賛されたりね。 お互いにコードの使い方を覚えたりしてそれも楽しかったですね。 コピーで完結してる感じ。 まぁそうやってる内に、段々オリジナルで作る曲がバンドサウンドに近づいて行くわけですよ。 当時、多重録音する友達もいたりして、ギターもベースも入れてくとバンドっぽくなっていくしね。 その交友関係の流れで掛け持ちして入った、佐野元春のコピーバンドのメンバーに鈴木くんがいたのね。 そのバンドで初めて「オリジナル曲を演ろう」ってなったんですよ。 その佐野元春バンドはやたらメンバーが多かったんですけど、中には佐野元春で飽きたらない派閥も出てきて 笑 その仲間だけでオリジナル演るようになりましたね。 高校3年の頃かな。 デビュー25周年・バンド生活25年を迎え、その記念すべき年にニューアルバム「無頼豊饒」をリリースする「人間椅子」。 僕が詞を書いて、曲はそのときの友達と共作で。 そのときのベースは鈴木くんで。 ー文化祭の反応って覚えてますか? 和嶋:「ポカーン」ですよ 笑 オリジナル曲だから誰も知らないしね。 歌詞はそのときから今の人間椅子っぽかったですね。 歌詞に関してですが、曲作りの当初は日常的なことを書いてたんだけど、書いてるうちに詞の書き方のコツを覚えてきて、ちょっと抽象的な詞や非日常的な詞を書くおもしろさに気づいて来た頃ですね。 ーただ、高校の終わりでやっとやりたいことが実現し始めるわけですが、進学も差し掛かってきますよね? 和嶋:そう、本格的に出来なかったの。 ー上京されたあとはすぐにバンド活動となるのでしょうか? 和嶋:俺は浪人してて、鈴木くんも浪人して下宿先は違ったんだけど、気が合ったのかそのまま文通してましたね。 そういうのもあって、どちらとも言わないまでも「いつかこんなバンドがやれたらね」って感じになったんだね。 また浪人してるときの鬱屈した気持ちに合ってたんですよ 笑 ー 笑 因みにテープには何が収録されてたんですか? 和嶋:鈴木くんが自分で選んだベストみたいな曲だったね。 今でもそうだけど、鈴木君は本当にハードロックが好きな、熱心なロックファン。 僕はどちらかと言えば広く浅くというか、昭和歌謡を聴いたり長唄を聴いたり、節操がない(笑)。 高校の頃は、本を読むのに1番時間を使ったかも。 まぁ、それは置いといて 笑 鈴木くんが送ってくれたのを聴いて確かに良いと思って、感動を返事にしたためたら、どんどん送ってくれましたね。 別々の大学に行くんですけど、最初はお互いにバンド組もうってほどでもなくて、ただの音楽仲間だったんですよ。 お互いにそれぞれの学校で、音楽仲間できてたしね。 その流れは自然だったと思うし、俺もそうなんだけど、きっと鈴木くんも同じ学校にハードロック仲間がそんなにいなかったんだろうね。 ー文通が続いていたのは、そういう背景があったんでしょうね。 では実際に音合せをされたときは、もちろんハードロックが中心に? 和嶋:そう。 これがまた勉強会か何かのようにね、有名な曲をコピーしましたね。 自分の学校では出来ない曲だったから、もちろん楽しかったですね。 コピーし出したときにだね。 さっきも言ったように、高校の頃からバンドでやれるオリジナル曲を作り出してたんで、そのグループでもちょっとずつやりだしたんですよ。 でも、カバー曲をやる楽しさよりもオリジナル曲をやる楽しさの方がまさったといいますか、いつしかオリジナル曲を増やそうってなりました。 純粋に、ロックを演奏するのが楽しかったんですよ。 ハードロックのカバー以降、オリジナル曲を作るでしょ。 そこで「自分たちがやりたいのはオリジナルのハードロックだ」ってなって、作る曲もハードロックになっていくわけ。 ー全く同じバンド名っていうことですか? 和嶋:そうです。 ちょっとずつライブハウスのブッキングに潜り込んで、演り始めたのが大学3年生くらいなんですけど、友達しか来ないし、あんまりウケなかったです 笑 それでもオリジナル曲をするってことは「表現してる」って思えたし、面白かったわけ。 お互いの文化祭で、すでに「陰獣」とかも4年生のときに演奏してましたね。 ー既にこのタイミングで演奏されてたんですね! 和嶋:そうなんです。 あ、ナゴム系の人たちもちょっとポカーンだったけど(笑)、ハードロックはいなかった。 「自分たちは違うことやってる」っていう、何かしら若者ならではの気概もあったね。 ーそれでも「オリジナル曲やる」ということが、和嶋さんの中で周りの反応よりも凌駕されていたんですよね。 和嶋:もちろんウケたら良いですけどね 笑 あるとき、何かのイベントで「陰獣」とか「わたしのややこ」って曲を演ったんだけど…この曲、歌詞があまりにもヤバイからCDに入ってないんですけど 笑 対バンの女の子が俺の前で口ずさんでるんだよね。 「これは女の子にウケてる」って思って、何かいけるなってそのときしましたね。 ーそれ、すっごい嬉しいバロメーターですね 笑 和嶋:で、「ここで就職活動するのは勿体無いな」って正直思った。 とはいえ鈴木くんは就職活動を始めてましたね。 彼は真面目だし、一応そういうルート行こうとしてて。 俺は自分の入った学部が特殊なもんで、最初っから就職する気はなくて 笑 ライターとか、業界の人になれれば良いなと思ってました。 ー完全にモラトリアムですね。 和嶋:プータローする気持ちで 笑 当時はバブルが残ってたんで、それでもいけるノリでした。 で、バンドは「なんとなく良い感じだぞ」って思ってるときに、御茶ノ水の中古レコード屋さんでロックのレコード探してたら、棚を挟んで向かいでリクルートスーツでレコード探してる人がいて。 「うん?」って見たら鈴木くんが探してて。 なんかね、そこで運命を感じたんだよね。 彼は就職活動の帰りか途中で俺はただ遊んでる状態で 笑 こんな広い東京でさ、ロックなレコード探してる鈴木くんと俺が出会って、「やっぱりこれは、何かやるべきじゃないか」って空気が流れたんだよね。 それもあって「バンドやろうか」ってなったんだ。 ーそれはただの偶然かもしれないけど、お互いに運命を感じてという。 和嶋:そうそう。 シンクロニシティなことってあるわけですよ。 多分、鈴木くんはね、俺が見るところの第1志望は落ちてた 笑 他の内定は受かってましたけど。 そういう流れもあり、内定決まってたけどもう少しバンドやろうって、彼は内定を蹴ってくれたんだよね。 和嶋:まずね、自分たちはハードロック好きだけど、当時流行のビートロック系のバンド名は、なんか違うなと思いました。 あんまり言うとあれだけど 笑 ロックの王道からちょっと外れてるなって思ったし。 ー 笑 和嶋:とにかく人と違うことをやりたかったし、人と同じでは残れると思えなかったんだよね。 もちろん、ハードロックやヘヴィメタル的なことやりたいんだけど、英語でやってもムリがあると思ったわけですよ。 実は歌詞も、最初英語でチャレンジしたこともあったんだけど、全然うまく出来なくて 笑 中学生レベルの英語でやってもダメだなと。 そこでうまく表現するには日本語だと思ったわけ。 俺が文学的なことが好きだったのもあるし、日本語でそういう詞を書いて表現したいっていうのもあったね。 和嶋:そうだね。 小説のタイトルからつけることで、サブカル的にも文学的にも怖くて面白い感じがして、色んな要素を持てると思って。 そこでコンセプトが出来上がったね。 和嶋:それは動員を増やしたかったですし、もっと聴いて欲しかったからですね。 鈴木くんと中古レコード屋で会って、「あと1年はバンドやろう」ってなったタイミングでちょうど「イカ天」が始まったんだよ。 「これなら出れるかな」って感じがしたし、「広まらない動員が少しは増えるかも」と思ったわけ。 ー結果的に「陰獣」でベスト・コンセプト賞でしたが、そのときどう思われましたか? 和嶋:狙った感じが伝わったと思いましたね。 ー実際に目論見であった、ライブの動員は増えたんですか? 和嶋:いきなり増えて、テレビの力ってすごいなと思いました。 「イカ天」出た次の日に、当時のドラムの上館さんと道を歩いてたら、女の子に「あ、昨日イカ天でてた人間椅子」って言われて。 「あぁ、一晩でこうなるんか」と思ってびっくりしましたね。 ー全然知らない人から声を掛けられるわけですもんね。 和嶋:嬉しいというよりも怖い・ヤバイと思ったね。 だから急に有名になると、みんな勘違いするんだろうな 笑 危険ですよ、若いうちに有名になると 笑 結果的にデビュー出来ましたし良かったんですけど。 俺はそうは言えんなって思いますよ。 「知らない人が知ってる」って怖さもあったけど、でもとにかく嬉しかったね、自分のやったことが世の中に受け止めてもらえてるっていうね。 ーデビューから「羅生門」まで、アルバムリリースペースが年1で楽曲制作もハイペースな印象を受けますね。 和嶋:みんなそうだったと思うし、新人はこうじゃなきゃいかんでしょ 笑 ドカンと売れれば、それをやんなくても良いかもしれないけど。 それで、俺らは「イカ天」ってことで、最初は多くの人に聴いてもらえたけど、リリースしていくうちに売れなくなっていくんですよね。 今思い出したんですけど、何となく重荷のように感じたのはセカンド「桜の森の満開の下」の時ですね。 表現をし続けるっていうのはキツイんだなって。 頑張ってやっても「良くないですね」って言われたりするんだなって。 さらに「羅生門」では元ピーズの後藤さんにドラムがヘルプとなり、初のメンバー脱退となりましたね。 和嶋:それはね、ハードロックの場合は特にですけど、どうしても弦楽器で曲を作るもんで。 となると、どうしても中心になるのが俺と鈴木くんになってしまうんですよ。 ーバンドのイニシアティブを取ることも含めて? 和嶋:その辺で「ドラムの人に悪いな」と思いながらやってたんですけど。 それもあって、最初のドラマーとうまく行かなかったのかなと。 ヘルプで後藤くんが入ってくれたのは、このときの最善の選択かもしれないね。 だから、その後のドラマーは僕と鈴木くんの関係を分かって入ってくれてる人だね。 ーそしてメルダックの契約終了後、再びインディーズでの活動へと。 和嶋:はい、なって行くんです。 ここからがまた歴史が長いんですけど 笑 デビュー25周年・バンド生活25年を迎え、その記念すべき年にニューアルバム「無頼豊饒」をリリースする「人間椅子」。 ーメジャーからインディーズへ活動フィールドが変わるということは、和嶋さん自身の心境に影響はあったのでしょうか? 和嶋:まず、何故インディーズかというと、セールスが落ちたから契約が切れるわけです。 「どうしようか?」ってまずなりましたね。 それまで4枚のアルバムを出した中で、重圧のようなものもあったし、「どういうことを書いていけば良いんだろう」みたいな悩みもあった。 だけど、やっぱりロックが好きだし、辞めようって気にはならなかったのね。 とにかく続けて行きたいと。 ー周りの評価云々があれど、まだ自分たちのやりたいことの気持ちが勝っていると? 和嶋:そうそうそう、続けていきたいって。 という中で、うまい具合にインディーズのレーベルの方から「出さないか?」と声が掛かって。 そのときは出せるだけで良いと思ったし、ありがたいと思って作ったのが「踊る一寸法師」です。 このとき、ドラムが土屋くんになるんですが、意思の疎通をはかる上でも、ヘルプじゃなくてちゃんとメンバーでやりたいよねって。 ーヘルプよりもメンバーである方が制作・ライブも含めたバンドとしてのまとまりがあると? 和嶋:そうですね、色んなことを言い合いたいから。 サポートとかヘルプじゃなく、バンドの中で対等な付き合いをしたいわけですよ。 バンドの良さはそこだと思うので。 それで、勢いある感じで作れまして、自分たちが「バンドやりたい」って気持ちが出せたアルバムだと思います。 ありがたいことに、そのあともインディーズでいくかと思いきや、ワンショットでの話が来てですね、ポニーキャニオンさんから出すことになるんです。 そういう感じでうまいこと繋がって、そのあともテイチクさんっていう風にね。 ただ、セールス的には厳しい状況で、バンドだけじゃ食えなくって、アルバイトをみんなし始めました。 あと、音源制作とライブ以外に特に活動ってないから、そんなに忙しくはなかったんですよ。 時間もあったし「やっぱ、働かねばいかん」という気持ちになりましたね。 周りのバンドマンを見ても働きながらやってるし、「そうか、働かざる者食うべからずなんだ」って気持ちになった。 ー「2足のワラジを履く」ということに抵抗はあったのでしょうか? 和嶋:抵抗というよりも、状況がそうでしたから。 やっぱ苦労しないといかんと。 あと、言い方があれですけど…「女性に食わせてもらう」っていう方法もあるわけですよ。 これ、バンドマンでよくあるパターンなんですけど 笑 俺はね、そうはなりたくなかったですね。 正直、ちょっとなり掛かったこともありましたけど 笑 ー 笑 和嶋:もう、この歳だから言いますけどね。 やっぱ「それやっちゃいかんな」って思いましたね。 それやってると、その人自身のうだつが上がらないです。 食わせてもらうのが1番良くない。 だったらまだ、バイトが忙しくてバンド活動が疎かになる方がまだ人として良いですね。 ーそういった選択をされた中でも、「音楽活動での苦労」と「生活での苦労」は質が違う分、かなり悩まれたのでは? 和嶋:悩んだね…これは10年以上悩みました。 現実的に食えなかったからアルバイトを始めたわけだけど、最初の頃は続かなかったなあ…。 でも、アルバイトやってるうちに、そこでの人間関係や友達も出来るから、やっぱり面白いわけね。 ただ、俺個人としてはさ…あんまり長いこといるとその環境に馴染んじゃうなって思ったの。 ー居心地が良くなるんですよね。 和嶋:そう。 だからアルバムを作る度に、職場を変えるようにして。 俺、かなり転々としましたよ。 あの、よく物書きの人なんかがやったりするパターンですけど、いろんな知見を広めるっていう意味合いもあって、すごい職業転々とするじゃないですか?それもありだなって思いましたし。 もちろん、その人それぞれで、同じ仕事を続ける上での良さもきっとあるんですけど、俺はいろんな人を見ようかなって。 ー実際にそれは、作品やライブを通して表現されていたのでしょうか? 和嶋:今は反映されてるなって思いますね。 ただ、アルバイトしてる頃は、あんまりそういうの出さないようにしようとしてたかな。 「生活キツイ」とか詞に書きたくないじゃないですか 笑 多分、それ誰も聴きたくないと思うんですよ。 そういうことはあんまり書かないようにして、出来るだけ非日常的なことを書こうとしてたね。 ーまた、当時の和嶋さんのブログも拝見させて頂いたんですけど、「大変なことがあった」と記されていました。 生きていくことの葛藤もあったのかと? 和嶋:それで、「生活のため」ってアルバイトやってるでしょ?1日の大半はそれだけで過ぎ去るわけですね。 しかも就職しているわけでもないので、そこにずっといたところでどうにかなるものでもないんですよ。 「ただお金もらうためだけに、働いてる状態」とでも言いますか…そこから収入が年とともに増えるわけでもなければ、何か社会的な地位を得られるわけでもないという。 ー安定もないですしね。 和嶋:全然ないです。 正直、バンドを続けてて「これで良いのかな」って思ったこともあったよ。 何となくそれで苦しくなったときがあって。 「バンドを辞める」って気になったのではないけど、生きることに辛くなったのかな。 かといって、バンドを辞めてアルバイトだけやるのは、全く意味がないとも思ってたし。 そもそも、もう当時で30過ぎてるし、何かしらのキャリアもないから就職もできないと思ったわけ。 そういう現実的なこともあって「バンドは続けるべき」ってなったし、心の片隅で才能があると思ってたし。 一時、「ちょっとキツイなぁ」って鈴木くんに言ったことはあるけど、「バンド続けた方がいいよ」って彼は言ってくれたね…そういうことを話したりしましたね。 ー10年と続くその苦悩から、何かきっかけがあって抜け出せたのでしょうか? 和嶋:そうですね、悩んでた状態がずっと続いて、本格的に苦悩したのが40前後の厄年の頃ですね。 割りとそれまでは、「バンドとアルバイトはずっと続けていくものかな」って思ってたんですけど、何かね…色々と個人的な部分でありまして。 「生きる」とはなんだろうって、改めて考えるようになったんですよ。 自分は家庭を持ってないもんで、「1人で生きることや、家庭を持つことってなんだろう」って思うようにもなって。 そういった、自分の中で「苦しい」という時期が続いた中、バンド活動もすごくお客さんが応援してくれてるのは分かるんだけど、何かしらステップアップするでもなく、何となく同じ状態で続いてる感じがして。 それを「評価されてない」って感じちゃったりもしました。 ーそれはバンドも和嶋さん自身も含めて? 和嶋:そう。 ホントは十分評価をしてもらってるのにね。 それに気がつかなくなっちゃったんだよね。 生活といえば、朝早くから仕事に行って、夜遅くまで残業をしてお金をもらう毎日。 割りと末端の仕事ですから、生産的じゃないことをやるわけね。 まぁ、その当時の仲間にこう言うのは大変に申し訳ないけど、すごく奴隷めいた感じがしたよ。 そうした中でいろんなことが忙殺されて。 「この一生はなんだろう」って考えたよね。 で、哲学の本とか読み出したんですよ。 ーニーチェとか? 和嶋:ショーペンハウエル、セネカ、古典とされる本を改めて読んだね。 ニーチェの「超人思想」カッコイイとか思ったり。 人間は次へのステップだって言う…解釈を間違うと危険ですけどね。 でも俺はそれ自体、そうだろうなって思ったし、やっぱ人間は奴隷状態から乗り越えるべきもんだろうとか思って。 そういう意識が出てから、自分が徐々に変わり出したね。 より、人間の無常さとかに気がつくようになったし、芸術について改めて考えるようになって、作品の上でも変わってきたと思うね。 悩んでる人・苦しい人と同じ立場に立ちながら、それを客観的に見て、「光ってるものを表現する」というのが芸術だろうなってこととか。 で、その本格的に悩んだ期間は、自分の中で3年くらいだろうと思ってるんだけど、相当自分の中で追い詰められてたのか、酒飲むと荒れる時期が続いたよ。 ー自暴自棄のような? 和嶋:そうそう。 気が付くとそのへんで寝てたりとかね 笑 目が覚めるとお花畑の中とかさ。 あ、ここはあの世なのか、って(笑)ただ、あるとき気がついたんだよね。 美しくありたい、美しく生きていきたい。 そこで自分に感動したんだよ。 そしたら惨めさみたいのが消えていって、またそう感じた自分自身を客観的に見て、自分は持ってるんだと思ったわけ。 みんなも持ってるんだと思ったし、そこに気がつけば人間は変わるなって思って、俺自身変わったんですよ。 自分自身も人の見方も変わったし、人への接し方も変わったし。 すべて変わったってことではないけど、そう思うことによってね、1歩ずつ踏み出せるようになった。 ー大きな1歩ですよね。 和嶋:闇夜が明けたみたいだった。 気づいたことを自分の言葉で、作品の上でね。 そしたら、作品作ることが苦痛じゃなくなったの。 で、そうなりだした頃に「やっぱり俺はアルバイトやってる場合じゃないな」と思って。 それでアルバイトも辞めたんです。 ー長い苦悩を経て、和嶋さん自身でもう1度自分の環境を作ったんですね。 和嶋:そう。 自分でそうやって作れば現実は動くんだよね。 アルバイトしなくても良くなったもんね 笑 考えられないよ。 ー抜け出せたからこその今があると言っても過言ではないと思いますが、25年間、人間椅子を継続してこれたこと、こういった状況の中でも1度も止めることなく続けられた理由をどうお考えですか? 和嶋:まず、辞めたら終わると思ったね。 そのグループなりのやり方なり事情があるけど、自分たちはやっぱり1度休止をしてしまうと終わるような気がしたね。 僭越ながら、海外のバンドとかを見て時々思うんだけど、休止したグループってそのあと再結成や再始動しても、違うグループに見えちゃうわけ。 自分たちはそれをやりたくないなって。 自分たちはこれからも表現していきたいし、やり続けることに幸せを感じるんで。 歌詞と曲を作って、それを人に伝えることの出来る場所。 そして、幼なじみの鈴木くんと幼なじみでやってる場所だね。 彼がいないとこうなってないと思うわけ。 鈴木くんはすごいロックが好きだし、本当にロックを続けたいんですよ。 それをやるには僕といるのが1番やりやすいと思ってるはずなの。 お互いにさ、中学時代の友達だから、2人でいるとあの頃のピュアなハートになるんだよね。 そのピュアな気持ちでやれてるってことは、鈴木くんがいるからこそだし、続けていられる理由でもあります。 ー人間椅子には解散はない!と思っていても良い? 和嶋:ないでしょう。 ここまで来たらないです。 解散っていうことは、今までも考えたことがなかった。 もしかしたら休止の危機はあったかもしれないけど 笑 だって、鈴木くんと議論しての言い争いとかはあるけど 笑 長い付き合いの中で、ホントの意味で喧嘩したことないからね。 議論はあるけどケンカはない。 ー余計な駆け引きもいらないでしょうし。 和嶋:それをするとね、すぐバレる 笑 小賢しいこととかすぐバレるよ。 ーここでぜひ、ナカジマさんについても伺ってみたいです。 和嶋:彼はね、本当に前向きで明るいし、ポジティブシンキングをバンドに運んでくれた人です。 やや引きこもり的な要素がある俺と鈴木くんとは違う側面を持っていて…つまり「自分たちの好きなことがやれれば良い」みたいなのが、2人にはあるんですよね。 でもノブくんは「もっとそれを広げようよ」って意識を強く持ってくれている。 それから友人がとっても多くって、そのことからも分かるように、面倒見がよくて、うまく人と接することが出来る人。 だから俺はこの10年間ずいぶんノブくんを見習ったし、それを学ばさせてもらいました。 ー和嶋さんにないものを持っている人でもあると? 和嶋:そうです。 とはいえ、ノブくんも変な駆け引きとかしないし、何よりも純粋に演奏することが大好きで、そこは全員共通してます。 そういう関係性で3人がいられるから、こうやって続けてこれたんだろうね。 僕らの動員が増えてきたのには、いろんな要素があってさ、ずっとハードロックをやり続けてきたことはもちろんだし、さっき話した俺の意識の変化も1つかもしれない。 でも中でも、ノブくんの「もっと広げよう」っていう要素はやっぱり相当に大きいよ。 デビュー25周年・バンド生活25年を迎え、その記念すべき年にニューアルバム「無頼豊饒」をリリースする「人間椅子」。 ー25年を経て、和嶋さん自身が変わったこと・変わらないこと、両方あると思うんですけど、教えて下さい。 和嶋:変わったこと…ものすごいざっくりした言い方ですけど、怒らなくなりましたよ 笑 それはさっき話した「美しいこと」に気がついたからなんだけど、「怒れなくなった」とも言えますね。 他人が怒ってたとして、自分もそこに怒りを持って接したって、何も生まれないですよね。 ー一時の感情に流されないようになったと? 和嶋:そうですね。 一方で「反骨精神」は変わってないね。 現実を肯定するようにしていますが、今ある在り方が完全だとは思ってないからね。 その現実への違和感を持ってやっていきたいですし、それは昔から変わっていないところですね。 ーだからこそのロックでの表現でもありますしね。 和嶋:そうですよ!それで言うと、ロックが好きなところも昔から変わってないですよ 笑 それがなくなったら、それこそやってないですね。 そして1番大きく変わっていないところで言うと、「表現をする」ということに生きがいを感じているわけですが、制作する上でのゴールに向かうまで、妥協できないというところです。 ー納得出来ないものは作品にしたくないんでしょうね。 和嶋:とにかくその時点でのベストを尽くしたいんです。 その為の努力は惜しまないですし、妙な頑固さもあるし 笑 「時間ないんだよ」って言われても、ギリギリまで粘ってしまいますね。 自分の描くイメージに対して、曖昧にしたくないんですよ。 作品へのこだわりはこれからも変わらずに貫いていくと思います。 拘りは持ちつつも活動は狭めたくないですから。 自分達の作風が変わらないのであれば、何をやっても問題はないはずなんです。 オファーの内容がハードロック風の曲で「ギター弾いてくれ」って言われたら、喜んでやりますよ。 これまでよりも広がると思いましたし、実際にももクロさんと関わって頂点でやってる人達の頑張りを学べて、本当にためになりました。 で、OZZFESTに出るって決まったときに、同じような広がりを感じましたね。 「24年経って、また廻って来た」って思いましたし、本番まですごく幸せを感じていましたね。 僕らの曲を例え知らなくても、少なくともバンド名は多くのロックファンに広がると思いました。 実際のステージではワクワクしながら演奏して、そのワクワク感は今でも続いていますね。 ーステージ上の景色は和嶋さんにどう映っていました? 和嶋:歓声がすごくてさ、「なんだ、知ってる人がこんなにいたんだ」って思いましたね。 感動したし、演奏が終わったあともバンドのコールが止まなくて「良いって思ってくれたんだ」っていう嬉しさもあったし…言葉で表現するのは難しいですね。 かと言って「夢が終わった」とも思わなかったの。 今までと違うステージの次の夢が始まるんだと思いましたね。 バンドにとって、何かの節目でしたよ。 ーその節目として、デビュー25周年の今年にリリースされるニューアルバムのお話を最後に伺いたいのですが「無頼豊饒」は前作「萬燈籠」の流れを受け継いでいる作品と、個人的に思ったのですが。 和嶋:確かにその通りです。 僕は前作の流れをくんだ、続きがやれれば良いと思ったんですよね。 ー続きであると言う「無頼豊饒」の意味を教えて下さい。 和嶋:これまで話したことに繋がるんですけど、アルバム毎に自分の思ってることをいろんな角度から言いたいわけです。 それで、今回1番言いたかったのは「人間は自由であるべき存在だ」っていうことを言いたくて。 「自由」ってその人なりの捉え方がありますけど、人間は何かに縛られるものではなくて、もっと創造的な生き物であってそれを選べる存在ではないかということです。 ー選択の自由? 和嶋:そうそう。 和嶋:「隷従の叫び」では、それを生々しく言いたかったんです。 例えば「人間て信じられない」って人がいたとしたら、自然に人間を信じない生き方を選んでるんだよね。 おそらく周りには信用出来ない人間ばっかり集まってくるだろうし、増々、世の中を信じられなくなりますよね。 そういう風に、人生は選んだ通りに成り立っているから、「豊かな選択をすれば、人生は豊かになる」というシンプルな答えになるんじゃないかな。 ー特に和嶋さんは体験されているから、説得力がありますよね。 和嶋:体験したと思います。 自分を限定したりせずに、好きなことをやった結果が今ですから。 うまいことバンドも軌道に乗ってますし、徐々にかもしれないけど、やはり選べば現実は変わっていくんですよ。 ーアルバム全体を通して歌詞の部分では自由を選ぶ場所が、「地球」「日の国」「宇宙」「地上」と、キーワードとして多岐に渡っていますし、限定もないですよね。 和嶋:大きく言っちゃえば、人間は宇宙的存在だと思うんだけど、自由ということをいろんな場面で言ってみたかったし、表現してみたかったね。 最初の頃に「迷信」を作ったんですけど、これが出来たときにアルバムの全体像が見えましたね。 タイトルを「無頼豊饒」にしたのは、「自由であれば豊かさが生まれる」っていうこと。 それは自分自身の経験からも分かったし、バンドも25周年というのは「好きなことを続けてきた結果」ですから。 ー合致していますよね。 和嶋:自分たちのコンセプト通りに純粋な気持ちで続けたら、25年経ってより多くの人に聴いてもらえてという豊かな状況が生まれてるんです。 何より、これを「無頼豊饒」にシンクロさせたかったですね。 そして今回、歌詞はコンセプトが伝わりやすいように、できるだけわかりやすい言葉を選んで説教臭くならないようにしたつもりです。 ー楽曲面では先程、「萬燈籠」を受け継いでとありましたが「リジイア」は唯一アコースティック・ギターで奏でられた、とても美しい楽曲ですよね。 和嶋:エドガー・アラン・ポーの小説の中では、1度死んでまた蘇生してってストーリーですけど、小節の前半の「いろんな美しいものにリジイアの美しさを見る」っていう部分が特に好きなんですよね。 それを女性という側面で表現したくてリジイアをモチーフにしましたね。 ラブソングを人間椅子もたまにやりますけど、僕らは「君のことが大好きで~」「僕と付き合って欲しい」って歌詞じゃないなって 笑 そういうのは他の方がいっぱいやってますし、僕らが表現しなくてもね 笑 ー逆に言うと人間椅子以外はやれないラブソングという面もある気がします。 和嶋:それはあるね。 「僕のものになってくれ」っていうのは違うと思ってるしね。 人は人のものにならないというか愛は所有されるものではないっていうことですね。 本当に相思相愛ならば相手を尊重するわけで、相手が自分のものっていう風に思わないだろうしね。 今回自分が書いた歌詞に関して言うならば、結局言いたいことをいろんな側面で表現していて、それは「人間は心の存在であって、それが1番大事で自由であるべき」っていうこと。 もっと言うと、心の存在を知った時点で自由ですし、心は誰も所有できないので。 そういうアルバムコンセプトになっています。 ーありがとうございます。 8月から「二十五周年記念ツアー 〜無頼豊饒〜」を控えています。 和嶋:ライブは演る度に楽しいです。 お客さんと一緒に時間を共有して、共に感動を分かち合えるのは本当に素晴らしいことです。 25年経って、ステージの見せ方もおそらく成長していますし、人間椅子ならではのパフォーマンスを楽しんでもらえたらと思います。 和嶋:そうなんです。 良いライブって流れるように進むんです。 調子悪いときって淀みがちになるというか、寸断される感じがするんです。 良いライブはそれがなくて、しかもお客さんと一緒に作る表現でもあるのでその快感を一緒に楽しみたいですね。 取材:2014.

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