大造 じいさん と ガン 全文。 大造じいさんとガンとは

大造じいさんとガン

大造 じいさん と ガン 全文

『大造じいさんとガン』 両親のいないヒヨコのガンは、悪戯ばかりして村人を困らせていました。 ある日、ガンは大造じいさんが川で捕まえた魚やウナギをこっそり逃してしまいます。 その後、大造じいさんの家のばあさんが亡くなり、ガンは、あのとき逃がしたウナギが、大造じいさんが病気のばあさんに滋養をつけさせるために捕ったものだと気付き、たいそう後悔します。 大造じいさんに同情したガンは、罪滅ぼしのつもりで、魚屋から魚を盗んで大造じいさんの家に投げ込みました。 翌日、泥棒と間違われた大造じいさんが、魚屋から殴られていた事を知って、ガンは反省し、今度は自分でせっせと山から栗や松茸を採ってきて、大造じいさんの家に届けるようになりました。 大造じいさんは、知らないうちに家に投げ込まれる栗や松茸を、神様のせい?と思っています。 ある日、いつものようにガンが家に忍び込んだとき、大造じいさんは「悪戯者のガンめ!懲らしめてやる!」と、ガンを鉄砲で撃ってしまいます。 しかし、土間に栗が置いてあるのを見て、大造じいさんはこれまで栗や松茸を届けてくれていたのは、ガンのしわざだったことに気付きます。 ~~~~~~~~~~~ こんなにいっぱい書いても、お礼のコインすらねぇよ。 別にコイン欲しいわけじゃないけどさ~、馬鹿らしいよなあ。

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5年1組国語「大造じいさんとガン」

大造 じいさん と ガン 全文

『大造じいさんとガン』 その8 『大造じいさんとガン』の学習もいよいよ最後です。 クライマックスはどこですか。 問題は前の日のうちに確認してありますので、授業が始まった時点ですでに子供たちは自分なりの考えをもっています。 粗く言って次の4カ所が発表されました。 理由つきで紹介します。 が、なんと思ったか、再びじゅうを下ろしてしまいました。 (3場面) ・残雪を撃とうとしていた大造じいさんがここで撃つのをやめたから。 ただ、救わねばならぬ仲間のすがたがあるだけでした。 (3場面) ・命を懸けて仲間を救いに行った残雪を見て大造じいさんの心は変わったと思うから。 (3場面) ・ここで残雪に強く心をうたれて大造じいさんの心は変わったから。 お前みたいなえらぶつを、おれは、ひきょうなやり方でやっつけたかあないぞ。 (4場面) ・ここで「ひきょうなやり方でやっつけたかあない」と言っているから。 おかしい考えはありますか。 「『4場面』をクライマックスと考えるのはおかしいと思います。 なぜなら4場面ではすでに大造じいさんの残雪に対する考えは変わっているからです。 だから、『ガンの英雄よ』と言っているのではないですか。 」 この意見で『4場面』と考えていた子供は納得しました。 1つ消えます。 「『残雪の目には、人間もハヤブサもありませんでした。 』はおかしいと思います。 これは残雪のことを言っているのであって、大造じいさんの心の中は書かれていないからです。 」 この意見に反論できる子供もいませんでした。 また1つ消えます。 ここまでの展開は私も予想していました。 しかしここからが難しかったのです。 残った選択肢は2つです。 A 大造じいさんは、ぐっとじゅうをかたに当て、残雪をねらいました。 が、なんと思ったか、再びじゅうを下ろしてしまいました。 (3場面) B 大造じいさんは、強く心をうたれて、ただの鳥に対しているような気がしませんでした。 (3場面) この段階ではAを選ぶ子供が三分の二、Bを選ぶ子供が三分の一ほどでした。 「Bは違うと思います。 Aのところで銃を下ろしたということは、もう大造じいさんの考えは変わったということじゃないですか。 」 「それはそうかもしれないけれど・・・。 Bで強く心をうたれたのだから、やっぱりBじゃないかと思います。 」 「Aの大造じいさんの変化は『撃とう』から『やめた』という対比でしょう。 Bは『ただの鳥』から『ただの鳥じゃない』という対比だからBの対比の方が重要だと思います。 」 ここでしばらく沈黙が訪れました。 難しいのです。 子供たちも迷っているのです。 決めかねているのです。 私が出ました。 AでもBでも大造じいさんの心は変化しています。 それは確かです。 問題なのはどちらの変化がこの物語にとって重要かということです。 Aは『ハヤブサVS残雪の戦い』による変化ですね。 Bは『傷ついた残雪の堂々たる態度』による変化です。 さあ、どちらの変化が重要なのでしょうか。 重要な方がクライマックスです。 「やっぱりBだと思います。 Aのところでは確かに銃を下ろしたけれど、まだ残雪を『ただの鳥じゃない』とか『英雄』だとかは考えていないと思います。 残雪が突然表れて、驚いて様子を見ようとして銃を下ろしたのだと思います。 」 「私もそう思います。 大造じいさんが銃を下ろしたときには残雪はただ表れただけでまだハヤブサと戦ってはいません。 だから、ここで大きく考えが変わるはずはないと思います。 」 「私もやっぱりBだと思います。 Bのところには『強く心をうたれて、ただの鳥に対しているような気がしませんでした。 』と書いてあるけれど、Aのところには『が、なんと思ったか』としか書いてありません。 話者にも大造じいさんの心の中がわかっていないのだから、ここはクライマックスではないと思います。 」 もう一度AかBか確認してみました。 すると全員の考えがBに一致しました。 こんなに一致するとは思っていなかったのですが、よほど上の意見が強力だったのでしょう。 最後に全員に「学習のまとめ」として自分の考えを文章にまとめてもらいました。 次号で紹介します。

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5年実践例「大造じいさんとガン」

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あらすじ [ ] 前書き 猪狩りに参加した私は、猟師たちからに住む大造じいさんという72歳の猟師を紹介される。 大造爺さんを訪ねた私は昔話を聞くうちに、35・6年前に起きたガンの頭領「残雪」との知恵比べの話に引き込まれていく。 1の場面 じいさんは、栗野岳の麓の沼地を狩場としてガンを撃っていたが、翼に白い混じり毛を持つ「残雪」がガンの群れを率いるようになって、一羽の獲物も仕留められなくなっていた。 そこで、をつけたウナギを杭につないだ罠を仕掛けることにした。 初日に1羽を生け捕りにしたものの、翌日はすべてのタニシを取られた罠が残っているのみだった。 丸呑みを禁じ、引き抜いて食べるように残雪が指導したものと判断した大造じいさんは感嘆の唸りを上げる。 2の場面 翌年の狩に備え、大造じいさんは夏から1杯のタニシをかき集め、餌場近くに小屋を立てた。 餌場にタニシをばら撒き、降り立った群れを小屋から狙い撃ちにする算段だった、小屋を不審に思ったか、餌場を代えて寄り付こうともしなかった。 大造じいさんは憎悪を覚える。 3の場面 3年目の対決に備え、大造じいさんは初年に捕らえたガンを囮にし、残雪の群れを誘導できるよう調教した。 囮ガンは大造じいさんの肩に乗り、口笛の指示に従うところまで慣れた。 決行の朝、大造じいさんが囮ガンを飛ばす直前、の奇襲を察した残雪の群れは一斉に飛び立った。 飛び遅れた囮ガンにハヤブサが襲い掛かる中、残雪が割り込み、ハヤブサと交戦する。 射止める絶好の機会を目の当たりにしながらも、大造じいさんは何故か一度向けた銃口を下ろす。 墜落し、なおも地上で格闘する2羽を追って大造じいさんは飛び出す。 逃げ出したハヤブサと対照的に、血まみれのまま大造じいさんを睨み据える残雪に威厳を感じる。 4の場面 大造じいさんの手当てを受け、傷が癒えた残雪を放鳥する。 飛び立つ残雪を「ガンの英雄」と称えつつ、大造じいさんはこれまでの卑怯な頭脳戦を悔い改め、正々堂々の真っ向勝負を誓いつつ、残雪が飛び去るまで見送った。 版の違い [ ] 出版社の意向による「前書き」の取り扱いの違い、椋本人の敬体改稿、小学校国語教科書トップシェアのをはじめ、・・・など(日本文教出版は国語教科書から撤退)教科書出版社各社およびやなど椋作品を出版する児童書出版社の編集方針の違いにより、多数の版が存在する。 初出版の「少年倶楽部」昭和16年11月号は、紙面不足のため前書きがカットされた。 、三光社より出版した作品集「動物ども」に採録する際、前書きを復活し、椋本人により常体文から敬体文に書き換えられた。 前書きを採録している教科書は光村版と学図版である。 前書きには大造じいさんの年齢が明記され、物語は大造じいさんの壮年期の昔話であることが示される。 その他の教科書では、老狩人が残雪と知恵比べをしている現在進行の物語と誤解を生じている。 初稿の常体文を採用しているのは教出版と学図版、改定稿の敬体文を採用しているのは光村版・東書版・三省堂版である。 椋自身はどちらも許容するコメントを残している。 敬体文は語尾を完全に書き換えているものの、文中の接続部が書き換えられていない箇所が複数残っている。 また、囮ガンを据えて小屋に篭る瞬間の「さあ、いよいよ戦とう開始だ」とハヤブサを発見した瞬間の「はやぶさだ」は、常体文のままでは大造じいさんのと解釈できるが、敬体文に直すと単なる地の文に変化してしまう。 初稿のタイトルは「大造爺さんと雁」であったが、外であるため、教科書では「大造じいさんとがん」または「大造じいさんとガン」に書き換えてある。 光村版と三省堂版は、生物を書きする慣例に従い、タイトルをはじめ本文の生物をすべて片仮名表記としている。 教科書では、小学5年生で学習しない「戦闘」「英雄」を「戦とう」「英ゆう」と混ぜ書きにする出版社とを打つ出版社が混在する。 椋の文章表現の誤りを指摘する声も、教育現場では挙がっている。 2の場面にて「そして、ねぐらをぬけ出して、このえさ場にやってくるガンの群れを待っているのでした」の係り受けが判然とせず、「大造じいさんがねぐらを抜け出してガンを待つ」のか、「ガンがねぐらを抜け出してえさ場にやってくる」のか、しばしば児童の討論課題として取り上げられる。 生物学・生態学上の指摘 [ ] 文中に系西端のが登場することから、椋が執筆中に赴任していたが舞台とされている。 具体的には、現の三日月池と想定されている。 しかし、戦前から鹿児島県での群れが毎年のように越冬した記録はない。 同じでも、ならば鹿児島県下でも渡ってくる。 舞台が現実の霧島山麓であれば、カモ亜科をガン亜科と錯誤または仮託したものと推測され 、生物学上の誤りとされる以下の指摘はおおむね解決する。 2年にわたり、大造じいさんはタニシを餌として罠を仕掛けるが、ガン亜科はほとんど草食性でタニシを食べることはほとんどない。 越冬地のではわずか1件の目撃例があるのみである。 対するカモ亜科は、を好例として雑食傾向が強く、タニシも餌の一部となる。 囮ガンが大造じいさんの「肩先にとまる」ほど慣れているとする表現があるが、ガン亜科・カモ亜科を問わず、脚の形状から肩をつかむことは不可能である。 もっとも、大造じいさんに慣れていることを暗示した・比喩表現である可能性はある。 ハヤブサは翼長120センチメートル程度を上限とする中型猛禽で、1. 8キログラム以下の獲物を狩る。 対するマガンは最大翼長165センチメートル、体重2キログラム以上に達する大型の鳥であり、ハヤブサの餌としては大きすぎる。 ガン亜科としては、やなどの中小型種であれば、ハヤブサが襲う余地はある。 小型種が多いカモ亜科ならば、ハヤブサの餌としては最適である。 マガンを実際に襲う猛禽としては、翼長2メートル前後に達するが知られる。 エピソード [ ] 1970年ごろ、椋鳩十がある学校で講演したとき教師の半数以上がボイコットをした。 大戦直前に発表した『大造じいさんとガン』には、「おれたちはまた堂々とたたかおうじゃあないか」と少年読者を戦争へ駆り立てる意図があるという理由であった。 これについて椋は、「戦時中「死ぬことが美しい」という考え方が広まった。 そうではなく「生きることこそ美しい」ことを強調したかった」と心境を語っている。 既刊一覧 [ ] 著• 『大造じいさんとガン 子供図書館 新版 』 1988年10月発行()、• 『大造じいさんとガン 椋鳩十動物童話集 第6巻 』1990年11月発行()、• 『大造じいさんとガン 椋鳩十学年別童話 4年生の童話1 』 1991年3月発行(理論社)、• 『大造じいさんとガン』 発行()• 『大造じいさんとガン 子ども図書館 』 1968年65月発行()• 『大造じいさんとガン 椋鳩十名作えほん5 』 1975年発行()• 『動物のふしぎ 少年文庫 』 1947年3月発行(光文社) 書籍に関する注釈 [ ].

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