出口はるあき。 春秋 (【旧店名】春秋味華)

春秋 (【旧店名】春秋味華)

出口はるあき

今回、出口さんに学ぶ楽しさについて語っていただきました。 読み終えたときには、きっと学びたい意欲が湧いてくるでしょう! とは は、「若い世代の保険料を半分にして、安心して子どもを産み育てることができる社会を作りたい」という出口さんの思いで立ちあがりました。 インターネットを主な販売チャンネルとする戦後初、日本国内では74年ぶりに設立された独立系生命保険会社です。 60歳を過ぎてから会社を立ち上げたことから「還暦」と呼ばれていたとのこと。 出口さんの行動力に脱帽です。 なぜ学ぶのか 学べば学ぶほど人生は楽しくなると出口さんは言います。 なぜでしょうか。 それは選択肢が増えるからだと言います。 スキーを例に出して説明してくださいました。 「スキーには楽しみ方が2つあります。 1つはガンガン滑ること。 もう1つは滑る人をぼーっと見ること。 スキーを学べば選択肢が2つあります。 例えば、『今日は元気だからガンガン滑ろう』。 『昨日ガンガン滑ったから、今日はぼーっと見てよう』、と。 もし学ばなかったら選択肢は1つしかありません。 なんでもいいから学べば選択肢が1つ増えるから人生楽しいでしょ」 確かに選択肢が多い方が人生楽しいですね。 学んで人生をワクワクさせる引き出しを広げていきたいと思いました。 学ぶための3つの方法 学ぶことの大切さは分かった。 では実際に何をすればいいのか迷う方もいるかもしれません。 出口さん曰く、学ぶには「人・本・旅」しかないといいます。 大学時代にするべきことはたくさん人に会う、たくさん本を読む、たくさん経験をすること。 それでは1つずつ見ていきましょう。 人 まず1つ目は人に会うことです。 「人から学ぶということは、どうやったらいい先生に出会えるかということ。 実際、分からないということが答え。 ここへ行ったらいい人に会えるかはわからない。 だから人から勉強しようとしたら、まずはイしかない」 最初から偏見や固定概念を持って人と会うのを避けてしまったら、もったいないですね。 まずは「イ」の考え、とても参考になりました。 学生であれば面白そうな先生を見つけたら、まず講義をのぞいてみる。 もしつまらないと感じたら帰る。 ダメ元でなければ人には会えない、とアドをいただきました。 ネットの普及により、様々なイベントをすぐに調べられます。 で本人に直接連絡をとることもできます。 この恵まれた環境、生かすしかないですね。 いろんな人と会って様々な価値観を知る大切さを学びました。 本 2つ目は本を読むことです。 「人に比べたら本は苦労せずにいいものに出会える。 古典は絶対いい。 なぜなら何百年も生き残ってきて世界中の人が名作があると認めたものだから。 例えば アダムスミス。 当時の数字やファクトをベースにどういうふうに考えてというアを生み出したか、思考のプロセス、考え方を丁寧に読んでする。 何冊も読まなくてもいい。 しんどくても丁寧にいい本を読み込んだら考える力が鍛えられる。 」 古典と聞くと敬遠しがちですが、もっと挑戦してみようと思いました。 そうは言っても、新しい本も読みたい! そんなときは、新聞の書評欄を見ることがオススメだといいます。 大学の有名な先生が本気で選んだ一冊が載っているとのことです。 ベストセラーは、あてにならず、 10年経てば書店に置いていないとか。。 旅 3つ目は旅です。 ここでいう旅とは、旅行だけでなく体験をすることも意味します。 「百聞は一見に如かず」ということがありますが、まさにその通り。 その場で、人間の五感によって得られるものが大きいといいます。 本では体験できない、旅ならではの強みですね。 「書も読み旅に出よう」 そんなメッセージが伝わってきました。 人・本・旅で学んだ後は… 人・本・旅でいろんなものをインプットしないと賢くならない。 しかし、脳みそにインップットしても取り出せなければ意味ない。 取り出すためにはアウトプットが必要であるといいます。 「タンスや机の引き出しを一回も整理したことがない人はいないと思います。 それは取り出しやすくするためです。 人間の頭はどのように整理されるか。 それは自分の言葉に直すことによってです。 例えば映画を見終えたら友達とカフェでだべる。 自分の言葉に直した段階で、インプットが全部綺麗に整理されていく。 DVDを家で一人で見たのは、あまり覚えてないのでは」 インプットして面白いことがあったら近くの人を捕まえて、しゃべりまくることが一番いいとのこと。 また、やブログで書くことによって、分かってもらおうと意識が働くため頭がよく整理されるそうです。 ただし、日記は自分しか読まない前提でメモのようになってしまうからオススメできないといいます。 インプットとアウトプットをペアで考えることを学びました。 オススメ本紹介 出口さんの数ある著書の中から個人的なオススメ本 を紹介したいと思います。 日本の未来を考えよう 普段は「これを読め」と本を勧めることがない出口さん。 例外的に社員に勧めたのが古典である『』です。 出口さんのわかりやすい解説が加えられています。 リーダーのあるべき姿とは何か。 昔から変わらない普遍的な考えがこの一冊に。 ここには紹介しきれなかった本がたくさんあるので要チェックです。 お話を終えて 「年齢は気にしたことがない」と言う出口さん。 学生に負けないエネルギーを感じました。 難しい話はなくシンプルで、とても本質をついていると感じました。 そして知識の量が尋常ではないな、という印象を受けました。 教養がある人とはこういった人のことを指すのだと実感。 学ぶことによって、選択肢が広がり見える世界が広がる。 出口さんの生き方そのものが教えてくれました。 そんな素敵な人でありたいと思いました。 出口さん、貴重なお話をありがとうございました! 本日も読んでくださりありがとうございます。 unic0.

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出口治明

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第一次世界大戦に参加した我が国最初の軍用機「モーリスファルマン機」(1914年撮影) 「国債発行」がもたらす帰結 (より続く) 出口 金融面から第一次大戦を見た時、独墺などの中央同盟国と英仏露の協商国(連合国)は米国の参戦までどのように戦費をファイナンスしていたのでしょうか。 板谷 基本的に国債発行で賄っていました。 ドイツは、ソビエトと休戦条約を締結した戦争最終年の1918年3月の時点でも、国内で国債の買い手を確保できていました。 国民は最後は勝つと信じていたのです。 一方、英仏は、戦後間もない時期から米国での起債を検討しました。 米国は交戦国の公債引き受けを禁じていましたが、軍需物資調達向けの信用供与という抜け道を作って対応したのです。 連合国の米国における資金調達で活躍したのがモルガン商会(現在のJPモルガン)でした。 1915年1月にイギリス陸海軍、そして春にはフランスと、軍事物資を効率的に購買できるようにするため、自らが代行機関となるべく両者と契約を結んでいます。 当時、先進国は金本位制を採用していたわけですが、当然、イギリスは開戦とともに紙幣の金兌換(だかん)を停止したと思っていました。 ところが、調べてみたら違った。 金融史家R・S・セイヤーズの『イングランド銀行』(東洋経済新報社)によると、ロイド・ジョージ蔵相や大蔵省に勤めていた経済学者ケインズなどの意見により、金の支払いを維持したのです。 実は日露戦争でも、日露両国は戦時国債の発行に備えて信用力を保つために金本位制を維持しました。 同じことを第一次大戦でイギリスもやっていたわけです。 出口 ドイツも米国で起債したのですか。 板谷 ドイツはできませんでした。 イギリスが海上封鎖し、通信網も完全に傍受できる体制を築いていたので、米国にアクセスすること自体が不可能でした。 米国にはモルガン商会のライバルで、ドイツ生まれのヤコブ・シフが経営するクーン・ローブ商会があったので、もし米国に行くことができていたらドイツも資金調達できたでしょう。 もう一つ、第一次大戦の金融面で外せない問題があります。 ドイツの戦後賠償です。 イギリス政府が当初提示した賠償額は240億ポンドで、最終的には1320億金マルク(約66億ポンド)まで引き下げられましたが、それでも莫大(ばくだい)な数字でした。 当時、大蔵省にいたケインズは賠償要求金額の原案作成を任され、ドイツの支払い能力を考慮すると賠償額は20億ポンド(当時の日本の一般会計歳出の2倍に相当)が妥当と計算していましたが、全く意見を聞き入れられなかったのです。 ケインズは当時書いた『平和の経済的帰結』の中で「(ドイツの)破綻は目に見えている」と連合国側を激しく非難しています。 出口 1320億金マルクは、現在の価値に直すと日本の市民1人当たり1000万円と試算する人もいます。 こんな金額を払えるわけがありません。 必ず反動があることは目に見えていました。 板谷さんも著書の中で指摘していますが、第一次大戦が第二次大戦を引き起こしたのは明らかです。 戦争は、始める時よりも、終わらせる時にこそ知恵が求められます。 よく第一次大戦前と現在の状況は似ているという議論があります。 しかし似ている時代なんてどこにもありません。 前提が変わっていますから。 でも、当時の状況を丁寧に見て歴史から学ぶことで、指導者はもっとしっかりしなければならない、外交は情報収集がカギを握るなど、歴史から教訓を得ることはいくらでもできます。 板谷 同感です。 歴史を学ぶということは、多様な過去の出来事からエッセンスを抽出し、条件の異なる現代の出来事を正しく理解することに尽きると思います。 グローバル感覚が勝敗を分けた 出口 日本は第一次大戦で総力戦を垣間見たかもしれませんが、しっかり学んだわけではありませんでした。 1941年12月に太平洋戦争を始めましたが、日本の軍需生産は42年をピークにその後はガタガタに落ちていきました。 一方、ドイツの軍需生産のピークは44年です。 また第二次大戦における日本の戦死者は約230万人で、そのうち餓死者が6割と言われています。 兵站(へいたん)をおろそかにした点ひとつをとっても、日本の軍部は総力戦の意味をしっかりと学んでいなかったことがわかります。 外交面も日本はあまり学んでいません。 第一次大戦の戦後処理を協議したパリ講和会議(1919年)で、日本政府は英語やフランス語を話せる人材を十分に確保できなかったためにアピールすることができず、国際連盟規約に人種差別撤廃規約を盛り込むという希望も果たせなかった。 その苦い経験を後に生かせていません。 板谷 中華民国はパリ講和会議に米コロンビア大学の修士号を持つ顧維均(こいきん)を派遣し、対華二十一カ条要求は無効だと流ちょうな英語で演説させました。 あれは欧米のメディアに鮮烈なイメージを残したと思います。 この演説が非常に効果的だったために、日本は人種差別撤廃を求めながらも、中国や朝鮮に対しては差別する国だという印象を持たれてしまったわけです。 出口 明治時代の指導者たちは米国をはじめとした世界の強国に学ばなければならないという意識を強く持っていました。 欧米に政権幹部の大半を派遣した岩倉使節団はその表れです。 しかし、日清・日露戦争と第一次大戦がうまく行きすぎたため、舞い上がってしまい学ぶことを捨ててしまった。 とても残念なことです。 これは過去の話ではありません。 2017年現在、米国に留学する学生は、日本人は2万人以下なのに、中国人は33万人もいます。 1人当たり国内総生産(GDP)では日本が上回っているにもかかわらず、これだけ数字の開きがあるということは、それだけ中国は米国に学ぼうという意識が強いということです。 日本人はもっと謙虚になって世界から学ぶ気持ちを持つ必要があると思います。 京都大学法学部を卒業後、日本生命保険相互会社入社。 2006年に退職。 ネットライフ企画(現在のライフネット生命)を設立し、社長に就任。 13年から会長。 17年に会長を退任。 主な著書に『仕事に効く教養としての「世界史」』(祥伝社)など。 関西学院大学経済学部卒業後、石川島播磨重工業船舶部門を経て日興証券へ。 その後内外大手証券会社幹部を経て独立、作家に転じた。 主な著書に『日露戦争、資金調達の戦い』『金融の世界史』(ともに新潮社)がある。 (初出=2017年12月5日「週刊エコノミスト」 構成=花谷美枝/成相裕幸・編集部) 関連記事•

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「出口(でぐち)」という名字の人々

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「は一種の自然現象であり、人間ではコントロールできない(20万年ほど前に出現したに対し、ウイルスは数十億年の歴史を持っている)。 でも人間はお互いを思いやることができるから、人間が無力なわけでは決してない」 コロナウイルス蔓延(まんえん)に伴い、4月7日に7都府県に緊急事態宣言が発出され、16日には全国に拡大された。 物理的な人々の交流は一時的にできにくくなったが、世界との絆はインターネットを通じて、より深くなった気がする。 ドーキンスのいう「お互いを思いやる気持ち」の発露だ。 中国で働く卒業生はマスクをAPUに寄贈してくれた。 大分県別府市に住む卒業生は消毒液を届けてくれた。 フランスの友人は「3月18日の外出禁止令直後にSNSで『コロナウイルスとの闘いの前線で健闘する医療関係者に拍手を贈ろう』との呼びかけがなされた。 『20時になったら、窓際やバルコニーに出て医療関係者に拍手しよう。 最初は数人だけだろう。 少しずつ運動が広がるに違いない』」とのニュースを伝えてくれた。 この動きはスペインやイタリア、米国、タイに広がっている。 また、英国の友人によると、医療ボランティア25万人を募集したところ、3日で75万人が殺到したという。 このような情報に接すると、世界中のみんなが、それぞれの持ち場で自分に何ができるかをよく考えて懸命に生きている姿が、世界を救うのだと確信させられる。 例えば、近代文明の象徴のひとつである自動車ほど便利なものはないが、同時に毎年100万人規模で人間の命を奪う凶器でもある。 しかし、誰も自動車を全廃しようとは言わない。 同じようにグローバリゼーションの恩恵はパンデミックというダークサイドを遥(はる)かに凌駕(りょうが)している。 今回、危機にあたり、世界の中央銀行は素早く連携して行動し金融市場の崩壊をかなりの程度まで食い止めた。 ウイルスはヒトの移動により拡散するので、各国は出入国の禁止をほぼ同時に行った。 日本も感染国からの入国を禁止したが、諸外国が出国を野放しにすれば羽田や成田で入国を禁止することは不可能であったろう。 学生の約半分は世界の92の国・地域から来ている。 オンライン授業を世界に向けて行えるのは、グローバリゼーションに伴いインターネット空間が世界に向けて開かれているからだ。 だから学生に「Stay home、 stay where you are(家にとどまれ、君がいる場所にとどまれ)」との指導が行える。 コロナウイルスを言挙(ことあ)げして、アンチ・グローバリゼーションを言い立てるのは「木を見て森を見ない」言説の典型で、厳に慎まなければならないと考える。 コロナウイルスに対応する中で、APUでは、子連れ出勤や、オフィスの分散、オンライン授業などの検討・実施が進んだ。 日本の他の組織でも事情は同様であろう。 間違いなく、市民のITリテラシーは格段に高まった。 政府は昨年4月から法改正してに取り組んできたが、アフター・コロナウイルスの世界では、革命的な働き方の変革が生じるのではないか。 ペストがルネサンスを生んだように。 パンデミックは必ず終わる。 それまでに、いかに行動すれば犠牲を最小限に留(とど)めることができるか、市民一人一人の自覚が問われている。 【略歴】1948年、三重県生まれ。 72年、京大法卒、入社。 現地法人社長、国際業務部長などを歴任。 2008年、ライフネット生命を開業。 12年上場。 社長、会長を歴任。 18年から現職。 著書に「哲学と宗教全史」など。

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