うん すん かるた。 うんすんかるたとは

Cascione Pulino Boulos Advogados

うん すん かるた

今をさること四百余年前、天文十二年 一五四三 に三人のポルトガル人が種子島へ漂着し、日ポ交通の序幕開始以来貿易遂次発展し、各種類のヨーロッパ文物風俗が紹介輸入せられ、其等の中には原語称呼の儘で今日まで伝わっているものも相当にあることは周知の如くである。 カルタも其の一つで、欧州語に不通であった昔は、樗蒲 和名カリウチ 、或は軽板の約であると云うような説もあったが、今日ではポ語 CARTA が邦語化したものであることは明瞭である。 この外来のカルタが連綿と伝わって現代の花合せ其他の賭博カルタとなって一系統をなしているに対して、日本に往古から行われていた「貝覆」が外来カルタと融合して「歌カルタ」、「詩カルタ」等の別系統をなしている。 【027】• 【027】• 【028】• 【028】• 【028】• 【028】• 【029】• 【030】• 【031】• 【031】• 【032】• 【036】 「雍州府史」其三カルタ技法・読・合・加宇・比伊幾• 【036】 カルタ札の異称• 【039】 カウの語原• 【039】 「雍州府史」記事中のウンスンカルタ• 【040】 スンクンカルタ• 【041】 ウンスンカルタ及技法• 【045】 カルタのインチキとウンスンカルタの出現• 【046】 ウンスン語原• 【047】 ウンスンカルタの考案• 【048】 カルタ用語ウンスン• 【048】 「三つぼ」、「四つぼ」• 【051】 カルタ数語「ケン」• 【051】 天正カルタ即ウンスンカルタ説を排す• 【052】 ポ国伝来カルタの名称に就て• 【053】 カルタ札の異名• 【053】 「坊門カルタ」は誤謬• 【055】 カルタ図標の変化• 【055】 天正カルタ称呼の時代• 【056】 狂詩集「浪華獅子」• 【058】 「読み」技法• 【058】 ポカ・ショッショ・イスリ・化札• 【060】 「メクリ」技法• 【061】 新版咄会御祓川所載「半目クラ」技法• 【060】 「メクリカルタ」と「天正カルタ」• 【062】 「カブ」、「三枚」• 【062】 「キンゴ」技法• 【063】 金吾・ドサリ・四一 シッピン• 【063】 オウル紋 四十枚 カルタ版木• 【064】 お花コマ• 【064】 ウンスンカルタ禁止と現存品• 【068】 天正、ウンスン両カルタ形状の相違• 【068】 天正、ウンスン両カルタと工芸品• 【069】 「花合カルタ」の出現• 【071】 「花合カルタ」と「花鳥合カルタ」• 【071】 「江戸名所カルタ」• 【072】 「メクリカルタ」の変化• 【072】 「花合カルタ」の異図様• 【075】 現代「花合カルタ」の変種• 【076】 現代の「メクリカルタ」• 【077】 現代の「カブカルタ」• 【078】 「十二支合カルタ」• 【078】 「ガラ札」• 【081】 「トランプ」• 【082】 愛知県のテンショ・本花• 【082】 「本花」と「半目クラ」、「半目クラ」と「メクリ」の関係• 【083】 同県の「テンショカルタ」• 【083】 同県の「テンショ」、「花合」札名対照• 【087】 司法官の賭博調査書• 【088】 ポ国伝来技法の残存と消滅• 【088】 賭博の保守性• 【089】 ポ国伝来カルタの消滅と花合カルタの優勢• 【089】 カルタの歴史書誌• 【093】 広義のカルタ• 【093】 貝覆• 【093】 貝覆の古文献• 【094】 貝覆の特質• 【094】 貝の加工• 【095】 室町幕府時代、嫁入道具としての貝覆、貝桶渡• 【096】 同時代の貝覆競技法• 【096】 小笠原長時の「貝覆之次第」に見ゆる貝覆、用具• 【098】 同時代及未期の貝覆文献• 【101】 「七遊」• 【103】 江戸幕府時代の嫁入道具としての貝覆• 【106】 同時代中期の貝覆用品の代価• 【107】 朝鮮貝と桑名貝• 【107】 現存最古の貝覆の貝• 【108】 「雍州府史」の貝覆記事• 【108】 貝覆と絵合せカルタ• 【109】 貝覆の書、伊勢貞丈の「二見の浦」• 【110】 歌貝• 【110】 中御門宣胤卿の歌貝記事• 【111】 西三条実隆公記の歌貝記事• 【112】 歌貝は歌カルタの源流か• 【113】 歌カルタ• 【113】 歌カルタの創始• 【113】 「観遊棄話」の歌カルタの異名• 【114】 歌カルタの形質• 【115】 蒔絵製歌カルタ• 【116】 薄板製歌カルタ• 【117】 布製歌カルタ• 【118】 歌カルタの並製と特製• 【118】 持明院流筆跡と歌かるた• 【119】 「雍州府史」の歌カルタ記事• 【119】 「絵入歌カルタ」• 【119】 江戸幕府中期の特製歌カルタの代価• 【119】 小笠原流飾式と歌カルタ• 【120】 百人一首以外の異種歌カルタ• 【120】 詩カルタ• 【122】 「文字札」• 【122】 異形百人一首及異種歌カルタの実例• 【122】 式紙形• 【122】 将棋駒形• 【123】 櫛形• 【124】 細長形• 【125】 小形• 【127】 百人一首• 【129】 古今集• 【130】 古今集春の歌• 【130】 新古今集• 【130】 自讃歌• 【133】 伊勢物語〈伊勢物語絵入歌カルタ〉• 【133】 源氏物語〈源氏絵入歌カルタ〉• 【134】 女房三十六歌仙• 【134】 朗詠集• 【135】 謡曲寄歌• 【135】 三十六種貝合• 【135】 唐詩選• 【136】 千字文• 【136】 蒙求表題• 【136】 歌カルタの本格競技法• 【137】 歌カルタ賭博「むべ山」• 【138】 絵合せカルタ• 【139】 御歴代史• 【139】 唐武者• 【142】 能狂言• 【142】 職人尽• 【142】 士農工商器財• 【145】 宮殿調度品• 【146】 軍陣武具• 【147】 大名船印• 【147】 野菜青物尽• 【147】 「昼夜帯」第二号所載「カルタの様々」• 【148】 源氏三十六歌仙• 【151】 三十六歌仙• 【151】 馬尽• 【151】 伊勢物語〈伊勢物語かるた〉• 【151】 源氏物語〈源氏歌かるた〉• 【152】 五十人一首名所歌• 【152】 唐詩選• 【153】 扁旁• 【153】 狂歌• 【154】 三田村鳶魚氏「かるたのいろいろ」• 【154】 諸国名所和歌百人一首• 【157】 順札カルタ• 【158】 下座見カルタ• 【159】 いろはカルタ• 【159】 いろはたとゑ• 【160】 いろはかるた• 【161】 道才カルタ• 【162】 歌カルタの時代鑑別• 【167】 伊呂波喩の諺風• 【169】 西鶴「懐すずり」巻一所載「照を取る昼船の中」全文• 【171】 「やく者絵づくし」所載・中村伝九郎「地蔵せりふことば」• 【172】 近松作時代浄瑠璃「滝口・横笛娥歌加留多」第三段• 【172】 「中宮歌かるた」の一部• 【173】 八文字屋本「商人軍配団」巻一「貧苦を切替へる骨牌の絵書」の一部• 【174】 黄表紙「開帳利益札遊合」の一部• 【176】 「色里新かれうびん」所載「かるた請状」• 【177】 山崎義成著「博戯犀照」所載「うんすんかるた」• 【179】 「博奕仕方風聞書」めくりかるた仕方• 【184】 よみ仕方• 【185】 きんご仕方• 【186】 むべ山• 【187】 司法資料第一号「定型ある犯罪調査(賭博篇)• 【187】 ポカ• 【189】 ヨイド• 【193】 司法資料第百二十一号「賭博に関する調査」• 【193】 京カブ• 【196】 引カブ• 【197】 ショッショ• 【200】 イスリ• 【203】 テンショ• 【207】 四一(金吾 ドサリ)• 【211】 本花• 【213】 オチ(ムシ)• 【214】 和蘭歌留多(銭形平次捕物控) 【221-256】 和歌集文献• 【005】 オウル(貨幣)の騎士イス(剣の壱)の実物複製• 【006】 オウルの二、イス(剣)の二実物複製• 【009-012】 天正カルタ版木重箱実寸拓• 【014】 酒盃もつクイーンと棍棒のキング• 【015】 大和文華館所蔵、風俗屏風の部分• 【030】 家煕公絵巻部分カルタ遊の図• 【031】 うんすんかるた模様蒔絵橡屋• 【033】 松葉屋カルタ版木並製複製• 【034】 岸本文庫オウル紋四十枚カルタ版木複製• 【041】 ウンスンカルタ紋標図解• 【042】 ウン札の(五種)• 【043】 スン札の(五種)• 【044】 ロハイ五種の中、クル・コップ• 【054】 清水寺版門倉船遊宴の部分かるた遊の図• 【066-067】 うんすんかるたソータの変遷図解表• 【070】 初期花合せカルタ• 【073】 初期図様カルタ和歌入の一種• 【073】 小獅子花合カルタ変種• 【074】 赤八のメクリカルタ• 【079】 大豆札(現代カブかるた)• 【080】 小豆札• 【090】 スペイン製初期カルタの四種• 【099】 貝合せ利用香合(狩野永納筆)(一対)• 【100】 貝合利用香合(東福門院旧蔵)• 【101】 貝合諸図様の内道具のもの• 【102】 貝合諸図様の内道具源氏絵模様• 【103】 源氏絵様貝桶• 【104】 貝桶の蓋• 【115】 蒔絵百人一首歌カルタ図版• 【116】 板地百人一首歌カルタ図版• 【117】 持明院流百人一首歌カルタ図版• 【118】 将棋駒形カルタ図版• 【122】 式紙形百人一首歌カルタ図版• 【123】 櫛形三十六歌仙絵入歌カルタ図版• 【124】 細長形百人一首歌カルタ図版• 【124】 小型三十六歌仙絵入歌カルタ図版• 【125】 小形版画百人一首歌カルタ図版• 【126】 道勝法親王筆百人一首歌カルタ図版• 【127】 百人一首カルタ蜜画金泥彩色• 【128】 百人一首歌カルタ版画の粗製品• 【129】 古今集春の歌カルタ図版• 【132】 自讃歌絵入歌カルタ図版• 【132】 自讃歌絵入歌カルタ(黒田家旧蔵)• 【133】 貝源氏絵入歌カルタ図版• 【143】 女武者絵カルタ図版• 【143】 職人尽絵合カルタ図版• 【144】 宮殿調度品絵合カルタ図版• 【144】 御歴代史絵入カルタ図版• 【149】 大名船印絵合カルタ図版• 【149】 軍陣武具絵合カルタ図版• 【149】 士農工商器財カルタ図版• 【150】 源氏貝尽カルタ図版• 【150】 野菜青物尽カルタ図版• 【150】 職原カルタ双六応用• 【155】 唐土武者カルタ図版• 【155】 絵入詩カルタ図版• 【155】 蒙求カルタ図版• 【156】 源氏カルタ双六応用• 【156】 伊勢物語カルタ図版• 【158】 下座見カルタ図版• 【203】 古今集絵入歌カルタ図版(原色版).

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日本のカルタの二系統

うん すん かるた

〜江戸時代の賭博系カルタの歴史、技法に関する研究室です〜 江戸カルタ研究室にようこそ! さて、唐突な質問で恐縮ですが、あなたは「カルタ」の事はご存知ですか? 失礼しました。 もちろんご存知ですよね! ただし、今あなたが思い浮かばれたのは「百人一首」か「いろはカルタ」のどちらかではないですか? ・・・やはりそうでしたか・・・ 実は、当研究室で取り扱っている「カルタ」はそれらとは全く別種の物なのです。 解り易く言うと「トランプ」の親戚、「花札」の先祖にあたるもので、天文年間 1532-1555 以降に日本を訪れたポルトガル船によって伝えられ、程なく国産化が始まったと考えられています。 写真は兵庫県芦屋の滴翠美術館に保管されている、我国に唯一現存している初期の国産カルタで、「ハウのキリ(トランプのクラブのキングに当たる)」と呼ばれる札です。 ちなみに、「カルタ」という言葉はポルトガル語で「トランプ」を意味する「carta」から来ている外来語です。 おっと!話が長くなってしまいそうですね。 もし興味がお有りでしたら、研究室内でごゆっくりいかがですか? 研究室内は江戸カルタ全般に関する問題について研究する「メイン研究室」と「よみ」「めくり」「かう」「きんご」等の技法別の分室(現在「よみ」「めくり」の分室が開設済み)、「うんすんかるた」について専門的に研究する「うんすんかるた分室」、カルタに関する基礎的な文献や、絵草子等の挿絵に描かれたカルタ遊戯図などの絵画資料を展示している「資料展示室」、江戸時代のカルタに関する文献資料を公開している「江戸カルタアーカイブ」に分かれています。 お好きな部屋へお入り下さい。 尚、当研究室では専用の掲示板を設けておりますので、ご意見、ご感想、ご質問などご自由にお書き下さい。 それでは、こちらが入り口になりますのでどうぞ・・・.

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日本かるた文化館

うん すん かるた

文献では1681年(延宝9年)にまで遡ることができる。 当時のポルトガルやスペインのカードは、棍棒・刀剣・聖杯・金貨の4スート、絵札は女王・騎馬・国王だったが、それぞれのスートの1にはドラゴンが描かれており、独特な特徴を持っていた。 騎馬や国王も鎧兜の武士の姿と日本風に変化しているが、女王が女性であるというポルトガルのカードの特徴をなお受け継いでいる。 このカルタは普及した形跡がほとんどなく忘れ去られていた(による遊興全般への弾圧によるものとする説もある)が、唯一に伝統的な遊戯としてその遊び方が伝承され続け、遊戯法が県のに指定されている。 人吉市では「備前かるた」とも呼ばれ、これはの姫がこの地に嫁いだとき持参したためだという。 娯楽が増えた初期以降は遊ぶ人が次第に減少。 (40年)に熊本県からに指定された時には、少数の高齢者だけになっていた。 (54年)、熊本県かるた協会の会長だった鶴上寛治が地元の高校に教師として赴任して興味を持ち、古老からルールを学んだり、札を復刻したりして消滅を防いだ。 (15年)には人吉市の「鍛冶屋通りの町並み保存と活性化を計る会」が、うんすんカルタの復興に向けた活動を開始。 翌年には駐日ポルトガルを招き友好親善を掲げた大会が開催されて、現在も大会は継続している。 前までは、「うんすんカルタ」からが創られたと思われており、今なおそう書いてある文献があるが、事実は全くの逆である。 「うんともすんとも言わない」の語源がうんすんカルタから来ていると言われることが多いものの、元来は「返事もなければ息もしていない」という意味であり、1712年(正徳2年)にが書いた人形浄瑠璃『弘徽殿鵜羽産家』では、すでにその表現が見られ、うんすんカルタが廃れた時期以前であることを鑑みると「ウンスンかるた」とは直接的には関係ないと考えられる。 「ウン」はポルトガル語で「一」のことだが、「スン」が「最高点」を意味するというのは、1924年にが『南蛮更紗』 で仮説として提唱したことがいつしか定説化しており、全く根拠があるわけではない。 構成 [編集 ]• スートはパオ・ハウまたは花(棍棒)、イスまたは剣(刀剣)、コツまたはコップ(聖杯)、オウル・オウロ またはオリ(貨幣)、グルまたはクル (巴紋)• 数札は1から9まで。 コツ・オウル・グルでは数が少ないほど強く、パオとイスでは数が多いほど強い。 絵札は下から順にソウタ(女従者)、ウマ(騎馬武者、人吉地方ではカバ)、キリ(武者、人吉地方ではレイ)、ウン(福の神)、スン(唐人)の5種類、およびロバイ(竜)。 ロバイの強さはスートにより異なる。 パオではもっとも強く、イスでは2と1の間の強さ(弱いほうから2番め)、コツ・オウル・グルではソウタの下(絵札の最下位)。 うんすんカルタのスート スート 名称 パオ イス コツ オウル グル Paus Espadas Copas Ouros Girars 意味 棍棒 刀剣 聖杯 金貨 回転 遊び方(概要) [編集 ] うんすん• 3人から6人。 1人に3枚ずつ3回、9枚宛の札を配り、残りは山札として裏向きに重ねておく。 親から順に左廻り、山札から1枚を引き、不要な札を1枚捨てることを繰り返す。 3枚以上の同数値のセット、もしくは3枚以上の同スート、続き数値の札のセットができると場にさらす。 手札が無くなった者が出た時点、もしくは同スートのウン、スン、ロバイを揃えた者が出た時点で、その者の勝とし、1回のゲームを終わりとする。 上がった者を0点とし、後は手札によってマイナス点とする。 数札はその数値、絵札10点、ロバイ15点。 基本は以上であるが、「つけ札」「拾う」などの細則がある。 八人メリ• 8人が2組に分かれ、敵味方が交互になるように円形に座る。 1人に3枚ずつ3回、9枚を配り、残る3枚は中央に裏向きにおく。 その最初の札を開け、そのスートがその回の切り札となる。 最初の者が1枚を裏向きに出しこれを台札とする。 順に札を1枚ずつ裏向きに出し、8枚が出揃った時点で比較し、台札と同じスートで最強の札を出した者が8枚(1コという。 いわゆるのこと)を取る。 しかし切り札は台札より強く、この札の最強を出した者が8枚を取ることになる。 これを9回行い、(1コ)を多く取った組が勝となる。 切り札の強弱は、ウン、スン、ソウタ、ロバイ、キリ、ウマ、9から1の順に弱くなる。 基本は以上である。 「ロボッタ」「打ち出し」「差し」「踏む」「追う」などという細則があるが、台札が切り札の時には「メリ」といって表向きに出し、他の7人は、ある場合は必ずその切り札を出さなければならない。 ただし切り札がスン1枚のみの場合、隠し持っていることができる。 これによって思わぬ逆転も起き得る 六人メリ• 6人が2組に分かれ、敵味方が交互になるように円形に座る。 パオ以外の1スート(15枚)を除外して行うもので、ルールは八人メリと同じ。 残り札は6枚になる。 天下取り• 3人から8人で行い、ルールは八人メリと同じ。 個人競技であり、個を多く取ったものが勝となる。 シク取り(個取り/ゴソゴソ)• 8人で行い、ルールは八人メリと同じだが、個人競技であり、ヅキ(2回連続勝ちで1点)がなく、毎回の点を累計して最も、個を多く取ったものが勝となる。 参考文献 [編集 ]• 山口吉郎兵衛 著『うんすんかるた』リーチ書店、1961年• 長崎伝習所長崎うんすんかるた塾 「うんすんかるたの遊び方」2009年 脚注 [編集 ] [].

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