不 登校 家 で の 過ごし 方 中学生。 中学生で突然不登校!悩みながら辿り着いた娘への関わり方はこれでした|Joyful Life Design*

不登校でイライラ!疲れてしまった時の過ごし方(親の方向け)

不 登校 家 で の 過ごし 方 中学生

私が不登校だった中学2~3年生の頃は、ほとんど毎日ベッドの上でパソコンに張り付いていました。 現代の子ならパソコンではなくスマホという子も多いのではないでしょうか。 あとは趣味の楽器を弾いたり、気が向けば教科書を開いて眺めたりもしていました。 昼頃に目が覚めて、二度寝。 15時くらいになってパソコンの電源をつけてネットサーフィン。 ちょうど家族がご飯を食べおわるくらいの時間に冷蔵庫からあまりものを取り出して、食べる。 そこから夜中まではずっとパソコンに向かっていました。 パソコンでも特に何をするわけでもなく、いろいろなサイトを見たり、動画を見たり。 外出することも全くと言っていいほどなく、完全にだらけた生活を送っていました。 はっきり言って、とても楽でした。 よく、不登校の子はその子なりに苦しんでいる、学校に行けないということにとても苦痛を感じているという主張を耳にします。 もちろん、そういう子もいるでしょう。 ただ、なぜ不登校になるのかを考えてみれば、そうでない子のほうが多いということが分かると思います。 不登校になる理由は、学校に行きたくない何らかの理由があるからです。 行きたくない学校に行かなくて済むのですから、それはとても楽なことですよね? もちろん楽なのはその時だけですが。 嫌なことから逃げていればその先の人生で必ずそのツケを払わなければならないときが来ます。 これは、不登校の頃にはあまり感じていなかったのですが、高校、大学と進学するにつれてこの楽をしたときの時間の重みが少しずつ分かるようになってきました。 同級生が当たり前に経験したことを、不登校だった私は経験していないのです。 そのため、考え方や視野がすごく狭く、コミュニケーションをとろうにも上手くいかない。 もともとの私自身の性格も影響していることとは思いますが、周りにとっての当たり前が自分にとってはそうじゃないという事実に苦しめられた時期がありました。 もしこの記事を読んでいる方の中に不登校の方がいれば、少し今の現状について考えてほしいと思います。 スポンサードリンク.

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不登校の家での過ごし方のポイントと気をつけること。

不 登校 家 で の 過ごし 方 中学生

Contents• 小学生の不登校 体験談 小学2年生の1年間不登校になった男子の体験談(保護者) 最初の一か月位は遊びました。 とことん遊んで本人が話したくなったら話を聞いて同意して2人でどうしたら良いかを考えました。 うちは人間関係で行けなくなってしまったので勉強に抵抗がなかったのは幸いだったのかなと思います。 なので学校と同じ時間の生活リズムにして空欄の時間割表を作りに一日やることを毎日考えました。 遊びと勉強、読書、料理など好きなものをはめ込み、当時は5時間授業だったので3時間は本人に決めさせて残りの2時間は私が決めました。 私は学校で、その日にやった教科書のページを担任の先生と連絡を取りながら勉強を進めました。 また良く図書館に行って好きなだけ本を読ませましたね。 冷暖房も完備ですし私自身もずっと家で2人きりでは滅入るのでいい気分転換になりました。 うちは1年間で学校に復帰することができましたが、不登校になると親は凄い大変ですが子供の心中はもっと大変でグチャグチャです。 学校に戻るには心の休息と本人の前向きなる強さを見つける力が必要です。 共倒れにならないよう無理せず生きてください。 今は学校に行かなくても学ぶ手段はたくさんあります。 どうか家族で良い道を見つけてください。 小学1年生〜2年生の2年間不登校になった女子の体験談(保護者) 友達との関係や小学校に上がった環境の変化からか、小学校低学年の頃不登校でした。 家にいる間は、映画やアニメをよく見ていました。 本来なら時間がかかる過去のアニメ作品の全話の視聴などです。 うちの娘の場合は精神的に病んで不登校になってしまったので、好きでないことは基本できません。 体も弱って体力がなくなってくることも多く、動くことに対してもハードルが高かったようです。 その点好きなものをとことん見るということはできるので、普段できないことを思いっきりしてもらって、適度に休憩をとってもらうことをしていました。 不登校になりたての時はとにかく、楽しいことをみつけて何でもできる範囲でやらせてあげるように心がけてました。 気持ちが落ち着いてきた頃に、家事を一緒にやったり、学校に行っていたらできないこと(平日の午前中に映画を見に行くとか、買い物に行く)をやって少しずつ体を動かすようになったのは安心しましたね。 外に出られるようになった最初の頃は後ろめたさで外出できない時もありました。 なので無理せず、人のいない時間に散歩することもありました。 親としては「あせらない」「本人を絶対に責めない」と常に自分自身に言い聞かせていましたね。 時間はかかりましたが、今はフリースクールに元気に通えるようになりました。 小学5年生の1年間不登校だった女子の体験談(本人) 同級生からのいじめをきっかけに、学校に行けなくなりました。 不登校だった期間は、毎日9時頃に起きて朝ごはんを食べて、ダラダラと過ごしていました。 ほとんど毎日家から出ず、ひたすらゲームする毎日。 でも勉強は好きだったので、たまに気が向いたら教科書を開いて勉強していました。 疲れたら昼寝したり、お腹が減ると簡単な物を自分で作って、ご飯食べていました。 さすがに毎日家にいると本当に精神的におかしくなりそうなので、天気がいいときは家の周りを散歩したり、近くのスーパーに買い物に行ったりしていましたね。 6年生に上がるタイミングで別の学校に転校して学校に行くことはできるようになりましたが、多少でも勉強はしておいてよかったなぁと思いました。 小学1年生から9年間不登校だった女子の体験談(保護者) 私の娘は小学校1年生から中学校を卒業するギリギリまで不登校でした。 理由と言う理由は、今になっても本人にすらよく分からないそうです。 でも、高校生になった今、彼女は1日も休むことなく学校に通っています。 それは、彼女には料理人になるという夢があり、調理師の免許を取得する為高校進学が自分にとって必要だと、自分自身で気がついたからです。 親として不登校の子供の将来に不安を感じ、辛い思いもあるかと思いますが子供は一人一人、それぞれに歩むペースが違います。 周りの子と同じ様に出来る事もあれば出来ない事もあるのでしょう。 そういう時こそ、周りの目は一旦置いといて、我が子をしっかり見てあげるのが親の務めだと思います。 不登校で家に引き篭もりがちなら、それこそ一緒に色んなことをするチャンスです。 我が子の声を聞く、思いを知る、チャンスだと捉えてたくさん会話なさって下さい。 たくさん愛情を注いで下さい。 焦らなくても、子供はあっというまに大人になってしまうものです。 中学生の不登校 体験談 うつ病で不登校になった女子の体験談(本人) 学校に行けなくなった原因としてうつ病があったので、最初の方は本当に何もできずに布団で寝ているだけで1日が終わる状態でしたが、体調が回復してくるにつれて勉強や習い事を始めました。 学校に行かなくても勉強が遅れてしまわないように週に2回の個別指導塾と進研ゼミを利用していました。 家にこもりがちで運動不足になってしまわないために週に2回スイミングスクールにも通いました。 それでも時間を余してしまうため、掃除や洗濯などの家事をしました。 中学校3年間不登校だった女子の体験談(本人) 私自身の体験です。 家ではゲームをしたり、ネットで動画を見たり、テレビをよく見ていました。 外に出るのが怖いせいで、運動不足も加速し、鈍る体が嫌で、youtubeのダンス動画を見て踊ったりしていました。 当時は、引きこもって勉強も何もせず、というか出来る精神状態ではなかったので、周りからはただ怠けていると思われたりする時もありました。 正直それが一番辛かったです。 家の中にしか安心していれない、学校を連想させる物はとにかく嫌な事しか思い浮かばない、だから好きな事に逃避していました。 でも、逃避しなければどうにかなりそうでした。 両親は理解があり、好きなようにさせてくれましたが、兄が私の事を怠けているだけだと思っており、恥じられ、嫌われました。 家族に否定される事が、胸が張り裂けそうで、ただただ辛かったです。 今では、徐々にですが克服し、順調に大学生活を送っております。 ピアノ伴奏に落選して不登校になった女子の体験談(本人) 校内ピアノ伴奏にまさかの落選。 本命中の本命と言われていた為、そこから学校に行けなくなりました。 ピアノはもう弾かないかと思っていましたが、毎日弾いてました。 アップライトだと学校に行っていない事が分かってしまうので、昼間は電子ピアノをヘッドフォンを付けて弾き、放課後の時刻になるとアップライトピアノに変更してました。 また希望している高校に入る為勉強してました。 私立は出席日数を推薦以外は重視しないので、偏差値を上げることに目標をおいてました。 結局中学校の間は落選のトラウマが合って学校にいけませんでしたが、希望の私立高校に合格でき、そこからは毎日学校に行けるようになりました。 高校生の不登校 体験談 高校1年で1ヶ月不登校になった女子の体験談(保護者) 高校1年生の1ヶ月だけでしたが、娘が不登校になりました。 理由は当時ははっきりとは話しませんで下が、環境の変化についていけなくなってしまったのかなと思います。 不登校になると、一日中ゲームばかりして過ごしていました。 最初のうちはそのことを叱っていましたが反抗するだけなのでゲームをしても何も叱らないようにしました。 逆に、ゲームの話しを一緒にしたり好きなゲームを一緒にしたりして会話をするようにしました。 そのうち、それまで反抗的だった子供がゲームという共通のツールを通して話が出来るようになりました。 最初は、たかがゲームと思っていましたが共通の話題になってとても助かりました。 今では娘も大学生になりました。 当時を振り返ると、高校生だからと安心してあまり親子でコミュニケーションをとってあげる時間がなかったのかなと感じます。 不登校になったことで、親子で不安になることも多かったですが、ゲームの話をきっかけに会話が増えたのはよかったです。 高校2年生の1年間、不登校だった男子の体験談(保護者) 原因は今でもはっきりとはわかりませんが、息子が高校2年生に上がってすぐの頃から1年不登校でした。 勉強は全くせず、部屋に引きこもってずっとスマホをいじっていました。 部屋から出てくるのはトイレと食事とお風呂くらい。 家族との会話もほとんどなく、こちらが話しかけてもうなずくか首を横に振るかくらいで、コミュニケーションは全く取れない状況でした。 食事も不規則になり、食べる量も減り、かなり痩せましたね。 それでも親しかった友達とは連絡を取り合っていたようで、土日は友達のところに遊びに行ったり、自宅に友達が遊びに来てくれたりはしてました。 この先どうなるのだろうと心配しましたが、高校を辞め、通信制の高校で勉強することになり、何とか卒業することができて、今は専門学校に通っています。 子供は子供なりに将来のことはちゃんと考えているのだと思います。 いろんな道があっていいのだと今は思っています。 今不登校のお子さんや親・保護者の方へのメッセージ 小学生から高校生までの不登校の体験談をご紹介しました。 最後に、今不登校で悩んでいるお子さんやその保護者の方へ向けて寄せていただいたメッセージも合わせてご紹介します。

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不登校の中学生や高校生の生活は依存が潜んでいる?経験者が語ります。

不 登校 家 で の 過ごし 方 中学生

不登校はある朝突然に 毎日学校に通っている我が子が、突然学校に行かなくなったとしたら、どうしますか? 我が家の娘は中学に入学してから吹奏楽部に入り、朝練、昼練、夕練をこなし、塾にも通い始め必死で勉強もして成績キープ、友達関係も良好。 すごく一生懸命に、忙しく充実した日々を送っていました。 中学1年の3学期の始業式に学校で体調を崩し、それから1週間、高熱が続きました。 病院でインフルエンザの検査を受けても陰性、原因が分からずじまいでした。 1週間後、熱がひいたので学校行かないとね、と言ったその日、 「学校に行きたくない・・・。 」 と泣きながら訴えてきたのです。 まあ長く休んだから、行きにくいのかな? じゃあ明日は行こうね、と言ってお休みをさせたのですが、翌日も、翌々日もそれが続く。 あぁ、またか・・・。 実は娘は小学校5年生の頃にも3か月間不登校で学校を休んだ経験があるのです。 でも、その後は毎日すごく楽しく学校に通えていたので、またその内行けるようになるだろうと軽く考えていました。 あれから1年7か月が過ぎた今現在、娘は完全不登校状態です。 不登校の理由は分からない 不登校の理由を探るのは不毛です。 その理由が「いじめ」なら明確です。 ですが、我が家の娘は、理由と考えられる事はたくさんありました。 でも娘自身、「決定的な理由はコレ!」というのが見当たりませんでした。 不登校の理由は千差万別、それぞれ違うだろうし、実は本人も分かっていないということが多いのではないでしょうか。 ただ確実に分かっている事は、 本人は学校に行きたいし、行かないとだめだと思っているのに、行けない ということだけです。 学校めんどくせー、サボってしまえ~という理由の方が、親としては気持ちがまだ楽だなと思います。 行きたいのに行けない。 どうしたら良いのよ? 「普通」である事の有難さと難しさ 朝起きて、朝食をとり、行ってらっしゃい!と子供の登校を見送る。 こんな当たり前の朝の風景が、我が家にはなくなりました。 どの家庭にとっても普通の事なんだけど、それってすごくありがたいことだったんだ、と初めて分かりました。 世の中のこども達は、毎日学校に通えるなんてスゴすぎる! ほんと、成績なんてどうでもいい。 通ってくれるだけで良いのになー、と思う。 「普通」ってこんなに難しい事だったのね。 学校の不登校といじめ対応には疑問だらけ 担任の先生は、毎朝自家用車で乗り付けて、号泣して抵抗する娘を無理やり車に乗せていきました。 ある意味拉致?という感じ。 無理やり登校させても改善することなんてないし、先生が良かれと思ってやっていらっしゃる事で明らかに娘は傷ついていると思い、先生には学校には行かせない意思を伝えました。 学年がかわり、担任の先生も変わりました。 この担任の先生は、娘の意思を第一に尊重してくださる先生でした。 そして部活でもプライベートでも仲の良かった友達と同じクラスにしてくださいました。 娘もなんとか登校しようと頑張り、1学期は学校に復帰できました。 順調に復帰できたと思っていたら、実はその友達たちから無視をされたり嫌がらせをされていた事が発覚。 理由は、「みんな勉強も部活も頑張ってるのに、何が不登校だ、甘えるな」という事でした。 あまりに悲しく辛い出来事でした。 相手が嫌がらせをしていると認めていたので、先生に間に入っていただこうと相談しましたが、証拠が無いからイジメとして対処しませんとの回答。 そのまま嫌がらせは続きました。 夏休みが明け、娘はまた登校できなくなりました。 子供が学校に行きたくない、と親に訴えた時、子供のストレスは爆発寸前であることがほとんどです。 娘はそのまま完全不登校に突入しますが、学校復帰を目指すよう学校による指導は続いています。 不登校になると学校の成績や内申はどうなる? 完全不登校になった後、娘は市の教育委員会が運営する適応指導教室に通っています。 定期テストは適応指導教室で受験、課題は提出しています。 適応教室に出席すると学校も出席扱いになるので、極力毎日通っています。 住んでいる地域によって進学する高校が決まる「総合選抜制度」が数年前になりようやく廃止になったくらい、教育に関しては保守的な県だと思います。 ちなみに私は大阪出身で、「地元集中」という同様の制度がありましたが、それも30年も昔の話です。 そして大阪は高校によって内申比率が決まっており(低い学校で2割、高い学校で6割)、当日の受験成績が重視される傾向にあります。 恐らく他府県でも同じだとは思いますが、兵庫県下で不登校の生徒は受験での選択肢がかなり狭くなるのは避けられない現実で、我が家の娘も「オール1」を引っ提げてこう受験に臨みます!! そして無事高校に入学できました。 文部科学省による不登校対応の歴史的見直し これまで学校の不登校対応は「個々の状況には関係なく」学校へ戻すことを目標にしてきました。 しかし2018年7月11日、文科省は、学校復帰のみにこだわった従来の不登校対応を見直すため、「学校復帰」という文言が含まれた過去の通知をすべて見直す方針を明らかにしました。 これで無理に学校に戻る必要もなくなったわけです。 だからと言って、問題がなくなったわけではありません。 学校教育のみが教育であり、不登校の子は来れないなら来なくて良いよ、でもあとは自己責任で、というのが今の状況です。 進路についても何かしらの考慮があるかというと、全くありません。 今回の文科省による見直しで、色々と変わっていけば良いなと期待しています。 不登校に対する考え方は時代とともに変わりつつあります 私の子供時代、親の世代とも、学校に行かないという選択肢はなかったように思います。 だから、子供が不登校になった時、 まずは何とかして学校に行かせようとする親がほとんどではないでしょうか。 その親と子の考えかたのズレが、不登校をこじらせる原因になることも少なからずあると思います。 子供の不登校をある友人に相談したところ、 「 部外者の立場でいい加減な事を言うようだけど、今の時代、学校に行かない選択もありなんじゃないの?」 と言われました。 すごく衝撃を受けたのと、救われた気がしました。 そんな考え、私には微塵も無かったからです。 こだわっていたものを捨てると、他のものが見えてくるんですかね。 新しい道が少しだけ見えた気がしました。 今は「 学校に行かない選択」をする方が増えてきたのは事実。 生徒数が年々減少しているのに、不登校の数が増加しているのは、そういった理由かもしれません。 子供が不登校になったら親はどうする? 前にも述べましたが、子供が不登校を訴えた時、子供のストレスは飽和状態で爆発寸前です。 私の娘のように、身体症状が出ている場合も少なくありません。 朝起きれない、腹痛、頭痛、吐き気、めまい、幻覚・・・。 精神的に不安定になっている場合もあるでしょう。 しかし、最初は親だってそれを素直に受け入れる事はできません。 「学校行きなさい!」 「嫌だ、無理!」 の押し問答が、我が家では無駄に繰り返されました。 そして子供を心配するどころか、追い込むような言葉まで。 今になって振り返ると、申し訳なかったなと反省するばかりです。 娘は学校の代わりに適応指導教室に通うことにしました。 しかし、適応指導教室の入室許可が下りるまで、毎朝学校に「今日も欠席します」の電話連絡を入れる必要がありました。 それだけでも、私にとっては朝の忙しい時間の大きなストレスになりました。 この状態では子供にとっても親にとっても状態は悪くなる一方です。 ですから・・・、 「学校に行かなくて良いよ」と言ってあげる勇気と決断が親には必要 子供は不登校になる時点で追い詰められています。 親は子供の現状を受け入れて、「学校に行くことがすべてじゃない」という考え方を持ち、じゃあどうするか?と前向きに方向転換するのが現実的なんじゃないでしょうか。 学校に行くことにこだわると、すべてが見えなくなってしまいます。 そして行き詰まります。 確実に。 感情的にならない• 焦らない• 甘やかさない 不登校を選択するのは自由意志ですが、今の教育制度の元では自己責任となってしまいます。 今の学校生活が無理ならば、その先の高校、大学やもっと先の未来に目を向けて自分なりの不登校生活を楽しむ。 自分の興味があることに没頭するのも良いと思います。 それが理想的で前向きな不登校生活だと思っています。 不登校の時間はとても貴重な時間です。 その時間を使って学校に通っていたらできない事などもチャレンジしてみると良いですね。 私は娘と一緒に旅に出掛ければ良かったな~と思っています。 ネットで不登校情報を見ていると、「子供の要求を極力満たしてあげる」という記述をよく見かけるのですが私は反対です。 携帯の使用時間も制限していますし、学校に行けない分勉強のサポートもします。 娘が完全不登校になり、1周年を迎えました。 受験生なので、次に向けて出来ることを頑張るしかないです。 長々と書きましたが、この辺で。 私も誰にも相談できずに、どうしたら良いのか分からずずっと悩んでいましたから、お気持ちお察しします。 私は専門家ではありませんので、参考程度にしていただければ幸いです。 娘さん心配ですね。 私は娘に無理をさせた結果、身体症状が色々と出て来たので、親として今とても後悔しています。 その症状は軽くはなりましたが、高校生になった今でも続いています。 なので、ご本人が行かないといけないと思いつつ体が拒否する状態なら、とりあえずは無理をさせず落ち着かれるまで少しお休みをされたら良いのではと思います。 フルタイムのお仕事だとなかなか難しいかもしれませんが、子供さん抜きで一度担任の先生と直接お会いしてゆっくりお話しをされたらいかがでしょうか? お話することで、明らかな原因が見つかるかもしれません。 いじめなどがある場合は、早急に対処が必要ですし。 また学校の不登校対応の方針もお聞きした方が良いと思います。 学校や先生によって対応方法が様々なので、今後の方針も先生ときちんとお話されると良いかもです。 ご本人がすぐに教室復帰できるようなら良いのですが、そうでない場合は「適応指導教室」「別室登校」「保健室登校」「放課後登校」等々の選択肢が考えられ、先生との連携が必要になりますので。 ただ娘は「これが不登校の原因」という確たるものがなくて、 でも原因と思われる事はたくさんありました。 (ブログにまとめて書いているので、もしよろしければどうぞ。 ) 今の中学生活はとても忙しく学校のしめつけも厳しいので、ずっとずっと頑張りを求められて疲弊しているのかもしれませんね。 娘は朝昼晩の部活に塾に学校の授業と宿題い追われ、友人関係は複雑でややこしく、学校にはあれもこれもダメと言われ、それを全部真面目にこなしてきた結果、とにかく疲れた、しんどいと言っていました。 スクールカウンセラーさんはいらっしゃいますか? 外のカウンセリングを受ける前に、とりあえずスクールカウンセラーさんに相談してみてはどうでしょうか? ただ週1回くらいしか学校に来られないと思うので、フルタイムでお仕事をされているなら担任の先生と対面相談する時にまとめるといいかもですね。 hana8hana 初めまして。 お気持ちお察しします。 息子さんは中学生ですか? 我が家の長男は不登校ではなかったものの、中学に入学ししばらくして突然性格が変わりました。 成長期に入ったのが一番大きな理由かもしれませんが、ガチガチの管理教育に馴染めず拒否反応が出たという感じもしました。 それまで暴言暴力なんて全く無かったのに突然暴力的になった息子に戸惑いました。 男の子は一番難しい時期ですよね。 息子は、叱られたり指導を受けるほど心を閉ざしてしまうという感じでした。 今は高校生なので落ち着きましたが、不登校の娘よりも随分悩まされました。 息子さんが理由を話してくれるなら、友達関係について聞くに徹すると良いかもですね。 学校へのストレスが暴力に出ているのなら、学校から一歩離れてみるのもいいかもしれませんね。 専門家ではない単なる不登校経験者の母親の意見ですが。 アルパカ 初めまして。 僕は高校3年間不登校でした。 と言っても、全く登校せず自宅に引きこもっていたのは初めの10日間で、残りの期間は当時通っていた高校の片隅にあった「カウンセリング室」という個室にて一人で過ごしていました。 言わば、保健室登校というものと同じだと思います。 なんとか教室に戻れるようになったかと思うと、また急に行けなくなってカウンセリング室登校になり、教師から自宅に連絡が入ると度々親と衝突して何度も「死にたい」という思いに打ちひしがれて過ごしていました。 自分でも教室にきちんと通って、皆と同じように授業を受けたいという思いがありながら、どうしても教室に向かえないという葛藤に唯々苦しめられていたと思います。 僕が不登校から脱却できたきっかけがあるとすれば、それは『大学受験』だと思います。 当時、勉強がほとんど手付かずだった僕は「どうせ無理だろ」と思って受験しないつもりでしたが、母親に「最後のお願いだから受験だけは受けて」と言われて、受けてみることにしました。 もちろん、点数はほぼ全科目0点のひどいものでしたが、テストの問題に向き合っている時に、不思議と「これって勉強すれば解けるんじゃないか」「こんなものなのか」という思いにかられていました。 その後、母親に頼み込んで1年浪人させてもらい、そこから偏差値が70近くまで上昇し、無事に国立大学に入学しました。 その後も不登校や引きこもりになることなく、現在は就職しています。 今考えれば、自分が不登校や教室入室拒否であった当時、ずっと心の中に或る思いがあったように感じます。 それは「誰かや何かを待っている、探している」ということです。 それは自分を救ってくれる人かも知れませんし、自分を救ってくれる言葉や音楽かもしれません。 環境や自分を取り巻く世界が大きく変わるかもしれない、という期待や楽しみといった「感情や考えの変化」かも知れません。 何がトリガーになるかは、色々試してみないと分かりませんが、一度見つけてしまうときっとどこまでも伸びる活力を手に入れることができると思います。 僕は先日、母校に足を運び、カウンセリング室を訪れてみましたが、その部屋を利用している生徒さんがいらっしゃいました。 色々と話をし、ちょうど訪れていて親御さんともお話ししましたが、共に大変喜ばれていました。 きっと僕は、こうやって自分と同じ境遇を知る誰かが訪れてくれることを、ずっと待っていたのかもしれません。 娘さんもきっとそんな思いがあるのではないか、と思いコメントさせて頂きました。 hana8hana アルパカ様 初めまして。 コメントありがとうございます。 不登校を乗り越え今を過ごしていらっしゃる方のお話はとても勇気をいただけます。 不登校の本人や保護者は「不登校でも大丈夫」という安心感をいただけるので。 おっしゃる通り、不登校の状態とは自分の好きな事だったり居場所だったり何かをずっと探して満たされていない状態だと思います。 娘は現在高校に進学し、かろうじて不登校ではないものの学校に前向きに通っている状態ではありません。 自分が必要とされている、とか、人の役に立てるというのは不登校を解消するのに影響があると思うのですが、恐らく娘はその点で未だに満たされていない感じがします。 大学生活はこれまでの学校生活とは全く異なるものなので、アルパカさんのように娘にも良い変化があれば良いなと思っています。

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